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蛙の子はやっぱり蛙なのか?+今日も今日とて私は走る

昨日、都営浅草線に乗っていた時に横の同年代の会社の同僚と思われる二人の会話が耳にはいった。
「お盆は実家で親に3食作ってもらって、何もせずダラダラする予定。そうじゃない人なんでいないでしょ」

あぁ普通の人ってそうなんだ。実家があって、親がいて、ご飯も作らなくていいような甘えられる場所があるんだ・・・それが当たり前の世界に生きているんだ・・・
すでに発熱が始まっていた私には、いつも以上にその何気ない会話がグサッと刺さり、たまらず次の駅で降りて次の電車に乗った。

ご両親はどちらにお住まいなんですか?

生きていると時々そんなことを聞かれる。
両親がいる前提であることにわだかまりを覚えながらも、私はだいたい「両親はいません」と回答するようにしている。
その回答にごめんなさいという人もいれば、なんでいないの?と聞いてくる人もいる。もう慣れっこなので、これまでは特に何も感じなかった。
これまで親がいなくても自分で何とかできていたし、お金のこと以外で不自由をしているという実感もなかった。

ただ35歳になって自分の過去に向き合った結果、苦しい経験に対してただ蓋をしてその場を乗り切っていたこと、そして生きるうえでの土台である「愛着」が育っておらず、愛着不全こそがずっと感じてきた生きづらさの原因であることが分かった。
そして親のありとあらゆる負の遺産をすべて一人で背負っている私の存在にもようやく気づいた。

私もあるがままの自分を受け入れられたい

「あなたと同じ境遇でも、立派に家族を持ち子育てをしている人がいるんだから」私はそういわれることが何よりもつらい。
その言葉の後には、あなたは努力が足りないとか、生い立ちのせいにしてはダメといった具合の言葉が続くのだろう。

そもそも境遇とか苦労の度合なんて、人それぞれ感じ方は違うし、他人と比較するようなものではない。
私だって本当に苦しい時くらい、あるがままの私を受け入れてほしい。
たまには自分の気持ちを言葉にしたいし、ワガママも言ってみたい。
いつも周りに気をつかってばかりの私ではなく、素の私でいてみたい。

つらくなるとどうしても生育の格差を感じてしまう

いわゆる親ガチャによる子どもの格差の問題については、わたしの思うところを先日書いた。

私が成人に至るまでに原家族から受けた様々な虐待やトラウマの傷が、大人になった今の私に大きく影響をしていると分かってからは、特に両親に対する恨みがこみ上げてくることが増えた。
日常生活の中で感じる生きづらさや私の家族への負の影響が分かるたびに、生育の格差に原因を感じてしまうようになった。

だが、ここでも私はギャップに悩まされる。
生育上の問題が、今の私の生きづらさに影響していることは事実であるが、周りの人はその事実は認めてはくれない。認めてしまうとその人の努力の価値が相対的に低く見えてしまうから。
みんな大変な思いをして生きているんだから、あなただけが苦労しているんじゃないから、そんな具合。
だから、周りの人は私の生まれつきの人格の問題にしてしまうのだろう。

蛙の子は蛙なのか

私は親と同じ人生だけは歩みたくないという一心で、これまで社会なかでソルジャーとして戦ってきた(と35歳にして分かった)
でもどんなに努力しても、蛙の子は蛙なのであれば、もう努力なんてしても仕方ないと思ってしまう。
何を頑張っても、120点をとっても、産まれた時点で親と同じ蛙になる運命が決まっているのなら、努力は水泡に帰すだけだから。
結局親のように、すべてを失い、孤独になり転落していく人生を私も歩まなければならないのかと思うと言葉にならない無力感に陥る。
運命は自分の力で変えられると周りの人は簡単に言うけれど、健全に生きる上での土台を与えられずに育った私からすると、そう簡単なものではない。
そんな人生を必死に生きて何か幸せはあるのだろうか、そうすら思ってしまった。

今日も今日とて私は走る

昨夜の発熱は夜中のうちに下がったものの、今日は微熱と発汗で体がだるい。ずっと外にもでれず、夕方を過ぎても横になったまま起き上がれない。
でも毎日noteは書くと決めているので、下書きの執筆を進めていると、今日は自分の負の側面ばかり書いていることに気づく。
正直こんなこと書いていても、楽しくもないし、気分も下がる一方。
そんなときこそ、私にはランニングがある。
ちょうど雨もやみ、気温は26度くらい。昨夜の発熱の影響で少しめまいがしながらも外に出た。

少しだけ走ろうくらいに思っていたが、丸1日体を休めていたこと、雨上がりで気温が下がっていたことがプラスに働き、すごく体が軽い。
そんなコンディションだったので、久しぶりに昭和通りを南下するコースを10km走る。
いざ走ってみると、昨夜の発熱の影響もなく快適なランニングだった。

マイナス思考に陥ったときこそ、外にでて走れば何かが変わるかもしれない。
だからわたしは今日も今日とて走り続ける。

今日の振り返り

今日で断酒23日目。
酒でも飲めば、一瞬でも不安な気持ちは抑えられて寝れるのに・・・と思うがいまは我慢。
7月9日に思い立って始めた断酒も、無事に7月末までやり切った。
あれほど毎晩酒に入り浸り、苦しさや寂しさをアルコールでごまかしていた私が、飲まなくても何とかなっている。
断酒をしている今のほうがポジティブになっている。これは素直に嬉しい。

今日の体重77.9kg BMI24.6

今日の晩御飯
 オクラと牛肉の十五穀米丼(手作り)
 ベーコンと小松菜いため(手作り)
 納豆 
 トマト
病み上がりだからこそ、ちゃんとご飯を食べる。

最後に、今日も子どもたちを見てくれている奥さんに、この場を借りて感謝の気持ちを伝えさせてください。
今日もありがとう。















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