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フロイトのいたウィーンのCAFE KORB

知らない場所を旅していると、ぷらぷら適当に歩いていて思いがけない場所に導かれるように辿り着くことがある。
例えば、カトマンズで迷子になったら旅猿で東野らが泊まった宿に出たり、
インドのリシュケシュで適当に歩いていたら廃墟のようなところに出て、そこがビートルズのいたアシュラムだったり。その日の夜からしばらくずっとホワイトアルバムを聴いて過ごした。

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そして昨年、オーストリアのウィーンでぷらぷら歩いていたら、大学の頃に夢中で読んだ精神分析の大先生ジークムント・フロイトという存在が私の前に何度か現れるということがあった。

昨年の春、フランスやスペインを歩く旅の航空券をマイルを貯めて取ったのだが、マイルで航空券をとる時はいろんな選択肢がある。一年前からANAのいい便や直航便などの予約は埋まっていき、GWのギリギリになると、直航便などはもうほとんど空席なしのため、割とひねった航路をANAから提案される。それが私は好きなのだ。
フランクフルト経由やヘルシンキ経由でパリなど。EUに入ってしまえば安いLCCでスペインへ行けるし、どこだっていいので、適当にその時のインスピレーションで経由地を決める。今回は、帰国便は行ったことのないオーストリアのウィーン経由にした。
30時間しかウィーンには滞在しないので、ガイドブックを買うのももったいないし、下調べはしなかった。
ただ、私の好きな映画ベスト10には入る「ビフォア・サンライズ (恋人たちの距離)」の映画で、電車で出会ったイーサン・ホークとジュリー・デルピーが、たった1日で恋に落ちて共に過ごし一晩中歩き回った街がウィーンなので、胸はときめいていた。
私もイーサン・ホークに出会いたい、というときめきではなく(なくもないが)、ただあてもなくぷらぷらとウィーンの街を1日歩き回ったりトラムに乗ったり、それだけでいい。
そう思い、映画のロケ地となった場所だけは調べ、そこを辿ることと、ザッハーでザッハトルテを食べる、という重大ミッションだけが私のプランだった。

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ちなみにザッハーで食べたザッハトルテはめちゃくちゃ美味かった。

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そしてザッハーの高貴なトイレ。トイレッテンと言うべきか。

ウィーンで予約していたAirbnbに着いたら目の前がシュテファン大聖堂だったのも素晴らしかった。グッジョブ私。よく知らない場所に短時間しかいない時は、宿の場所がその旅の全てを決めると言ってもいい。部屋にクリムトが飾ってあるし間違いなく正解だった。

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その後すぐにトラムに乗ってウィーンの街を一周した。観光客用の案内をイヤホンで聴きながら一周したので、モーツァルトなどの音楽家や街の成り立ちなども学べて、清く正しい観光客として100点満点だった。
さて、トラムを降りて、次にやろうと考えていたのはレンタサイクル。私はあちこちの国で自転車に乗る。
トラムも好きだし、レンタサイクルも好き。両方を押さえればもうウィーンは私の手中にある。自転車でトラムの走ったコースに沿いながら時々細かい路地に入ってぷらぷら回った。
この街には馬車も走っている。金持ちは馬車、私はレンタサイクル。大満足だ。

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ふと公園を見つけ入ってみると、なんとそこは「ジークムント・フロイト・パーク」つまり、フロイト公園だった。
あぁ、そうだ!
フロイトはウィーンで精神分析をしていたっけ。
そこで初めてそのことを思い出した。
少し行くと、「Freud」と書いた旗が立った建物があった。そこはフロイト博物館で、フロイトが患者をカウチに横たわらせて夢分析を行なっていたあの歴史的な場所なの?!と驚いて自転車を止めて茫然としてしまった。
凄い!
凄すぎる!
20うん年前に大学の心理学の授業で散々学び、フロイトとユングは片っ端から読んだ。フロイトと言えば、お笑い界で例えるならさんま、たけし、タモリのBIG3の1人だ。
例えば、発明にハマっていた人がたまたまエジソンの家の前に来た、とか、
ダンスにハマっていた人がたまたま自転車に乗ってたら気づいたらマイケルジャクソンの家の前に着いた、みたいなそういう興奮だ。

フロイトはすぐにエロスに結びつける節があり、そのせいで大学時代の私が好んで読んでいたとも言えるし、コンプレックスや精神分析の無意識の世界など想像を掻き立てるストーリー性があって面白かった。言い間違いは深層心理の現れだとか、集合的無意識とか想像が膨らんで当時は夢中で読んでいた。
そのフロイト先生がここで精神分析をしていたの?!と思うと感慨深いものがあったのだ。
ああ、あの伝説のカウチに横になりたい!と思ったが、もう夕方で、博物館の入館時間は残念ながら過ぎていて入れなかったが、ここに来れたことが嬉しかった。
映画「ビフォアサンライズ」に出てくるあの緑の橋へは、調べて探し当てて辿り着けた嬉しさがあったが、フロイトの家との思いがけない出会い方は、また違った嬉しさがあった。

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それから少し離れた場所に、既に閉店していたフロイトグッズを売っているショップを見つけて、ガラスに顔をひっつけて中を覗いたりしながら、レンタサイクルで街をぐるりと回った。フロイトを追いかけているような気もした。

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その後、徒歩であちこちをぷらぷらと歩いて、お腹が空いたので晩ご飯を食べることにした。おしゃれだけど地元の人で賑わっているカフェを見つけたので、そこで夕食に冷えた体を温めるウィーンの名物グラーシュを飲むことにした。
そこは、天井の美しいペーター教会の斜め前辺りにあり、アメリカのドラマ「Dr.HOUSE」のハウスにそっくりなイケメンウェイターがいた。身のこなしが素敵でテキパキと仕事をしてウィンクをかましてくれる。イケメンのウィンクにはめっぽう弱い私はこの店に入れて良かったと心から思う。

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(予約してないのにリザーブド)
cafe korbというこのカフェの地下にあるトイレに行くと、そこで度肝を抜かれた。
なんだ?!
このトイレの扉に書かれているサインは。

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何のマーク?
女子トイレはどっちだろう。
なんてカマトトぶってみるものの、何を表しているか、薄々分かってしまうし、女子トイレがどっちか分かってしまう。
右に入ると女子トイレで正解だった。
しかし、このリビドー全開フロイトワールドのサインにはびっくりする。変なカフェだなぁとつくづく思った。

そういえば、ウィーンの信号機は同性が手を繋いでいるサインも多く、私は男同士が手を繋いでいる信号機を見かけた。

前衛的で多様性を認めるこのウィーンという街は、新しい中にも古くて美しい教会もあちこちにあり、トラムの線路が丸く囲っている。面白い街だ。
そう思い、自分の席に戻ると斜め前の席にフロイトみたいな地元のおじさんが座っていた。

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フフフ。
時代を超えてもフロイトみたいなルックスのおじさんがビールを飲んでるって面白いなぁ。今日の締めくくりはフロイトそっくりおじさんだなぁ、なんて、ぼーっと思っていたら、カフェの壁に古い新聞が貼ってあるのを見つける。
その読めないドイツ語の文章に「freud」という文字を見かけた。
もしかして…。
とても体がみぞみぞしてくる。
ガイドブックも何も見ないでぶらついていたし、このカフェが有名なのかは知らない。それほど観光客はおらず、地元のおじさんたちで賑わっているが、一応観光客向けの英語のメニューはあった。ここはどういうカフェなんだろう。

そこで初めてネットでcafe korbを調べてみてびっくり。
ここは、あの精神分析家フロイトの行きつけのカフェだったのだ。
フロイトがここでコーヒーを飲んだり地下の集会所でミーティングをしたりしていたらしい。
地下のトイレの横には確かに集会所のような小部屋もあって、秘密基地のようだった。
これは導かれたなと思った。
心理学を熱心に学んでいた頃、無意識の話に夢中になっていたが、私は無意識でここへやってきた、いやここへ連れてこられたのかも知れない。
そしてフロイトのユーモア論を久しぶりに思い出す。
機知に富んだユーモアについて真面目に語っていたフロイト。
まあ大体、ユーモアについて真面目に熱く語る賢い奴に限って、ユーモアのかけらもないくらいクソつまらん奴が多いが、そうだとしてもフロイトのユーモア論は嫌いじゃなかった。
フロイトについてそのカフェで久しぶりに調べて、昔好きだった言葉に辿り着いた。

ユーモアは社会の潤滑油であり、魂の力である。

険しい道でもユーモアを持って乗り切ればとても人生が楽になる。

そうだ。大学時代に読んだ。
当時よりも、人生が険しい道になっている40代の今の私に、20うん年の年月を超えてフロイトが思い出させてくれた。
3週間の長期休暇の旅の最終日、つまり仕事復帰の直前に、この言葉に20うん年ぶりに再会できたことはフロイトからのプレゼントだと思った。
トイレに放送禁止的なリビドーなマークを使っちゃう遊び心やユーモアと、男同士が手を繋ぐ信号機のサインを使うという柔軟な発想で多様性の受容に取り組む真面目さ。
古くて美しい教会とH&Mの路面店、トラムと馬車とレンタサイクル。両方が共生する街ウィーン。たった30時間の滞在で私がわずかに掴めたウィーンの姿はその二面性のような気がする。
イーサン・ホークには出会えなかったが、ユーモアの師匠フロイトに思いがけず出会えたウィーン。
「旅は出会い」とは言うが、亡くなっている人や言葉や音楽や忘れていた概念にも出会えるから面白い。


なぜフロイトのカフェのことを思い出して書いているかと言うと、最近、映画「17歳のウィーン フロイト教授の人生のレッスン」を見たから。この映画を見て、ウィーンの街やcafe korbのことを1年ぶりに思い出した。この映画でフロイトは「男はズボンの中にリビドーを持つ」とか「愛はいつも勘違い」とか面白いことを17歳の少年に真面目にレクチャーしているのだが、映画の後半のフロイトの言葉が全てだった。

答えを見つけるため生まれるのではない。
問いかけるためだ。

私はまだまだ分からないことだらけで、問いかけて生きている。








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