takeuchi

Webコンテンツの制作会社にて、記事の企画・編集・ライティングをしている、兼業主夫です。

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最近の記事

ふと思い出した蜂の話

僕の田舎は文字通り大変な田舎で、小学生のときにはしばしば、歳の近い従兄弟と3人で近所のドブみたいな所へ行き、昆虫やおたまじゃくしを探して遊んだ。 「ドブみたいな所」と書いたが、あれが狭小な河川なのか、人工的な用水路に類するものなのかも、今となってはわからない。現存するのかもしれないが、今のところ努めて確かめようとも思っていない。年始の家族旅行が習慣化したことにより、最近では年に1回あるかないかもわからない帰省のタイミングで、近所といってもわざわざ見に行くほど近くもないし、その

    • かも知れない話

      昨日、鴨料理を食べたのだが、家鴨(あひる)は鴨の何なのか、その場でググるまで恥ずかしながら知らなかった。 マガモを食用に改良したのがアヒル、そのなかでもマガモっぽく改良されてるのがアイガモ、なのだそう。つまりアヒルもアイガモもみな「鴨」なのである。クジラとイルカみたいなものか。クジラは食べちゃだめなんだっけ。 小説「ライ麦畑でつかまえて」で、主人公のホールデン・コールフィールドが、セントラルパークの池の水が凍ったらそこにいた「ducks」はどうなってしまうんだろうと気にやむ

      • 父のコート

        実家の父からコートが送られてきた。 愛知県の田舎で事務所を構え働く父は、どこへ行くにも車を使う。齢70も過ぎて、世の中的にはそろそろ免許返納という年頃だが、近くにバス停もない、最寄りの駅まで約2kmという状態では、どうしようもないのが現実である。なんとかしろよ、市。 話がそれたが、とにかくそういうわけで、彼のビジネスライフではアウターや防寒具を使う機会がほぼゼロなのだ。それゆえ、若い頃に購入したはいいものの、結婚式か葬式でしか着ることがなく、ほぼ日の目を見ることのなかった

        • じぇじぇじぇの謎

          3か月ほど前、十数年ぶりに、小学校時代の同級生から連絡が来た(僕は中学から地元を離れている)。 「同年の厄年で、お祓いの話が出ています。参加しますか」 村の厄年の男たちで集まり、地元の神社で厄祓いをするほか、集会所への寄贈、小学校への寄付、村への寄付、各種年中行事での「ふるまい」(お菓子や抽選会景品の拠出)などをするのが通例とのこと。 ライングループで話し合った結果、厄祓いで集まった際に一人5万円を回収し、その中からお祓い、その後の会食費、集会所へ寄贈する長机の費用をま

        ふと思い出した蜂の話

          バファリンにとってのイブプロフェンのような、人間の合理性について

          2024年、大変な幕開けとなってしまいました。今回の地震で亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々が心穏やかに過ごせる時が一秒でも早く訪れることを願っています。 世の中の人間はみな半分が優しさで出来ているものだと僕は信じているけれど、思いやりだけではどうにもならないこともある。そんな場合は、人権に関する知識をしっかり身につけた何かのプロの集団が、しかるべき時に合理的な行動をとることで、たくさんの物事を解決できるのではないかと、このごろは考える。 本厄。不

          バファリンにとってのイブプロフェンのような、人間の合理性について

          賢いという職業

          欧米では12月になると、「Whamageddon(ワマゲドン)」というゲームでSNSが盛り上がるそうだ。 「Wham!」と「Armageddon(アルマゲドン)」でWhamageddon。クリスマス当日まで、いかにWham!の「Last Christmas」を聴かずに過ごせるかを競う。聴いてしまったら、ハッシュタグを付けてそのシチュエーションをポストする。マライアでなくWham!というのが、なんというか絶妙にいい。 ちなみに今年の僕は、24日の昼間に見ていたテレビの料理番

          賢いという職業

          美しいと醜い

          トニ・モリスンの「青い眼がほしい」を読んだ。 ノーベル文学賞を受賞した、アメリカの黒人女性作家の作品。大学の米文学の授業で少し読んだんだけど、そのときは鼻息の荒い周りの雰囲気に、こちらが拒絶されたような心持ちになって、興味はあったがちゃんと読む気になれなかった。芸術作品に出合うきっかけって大事。 主軸は黒人の少女が父親にレイプされる話で、その周りの人たちの生い立ちなどが語られることで、どうしてこの悲劇が起こってしまうのかを示す経緯と状況がつまびらかになっていく。暗い話だけ

          美しいと醜い

          あふれかえるパスタの山

          チバユウスケさんが亡くなった。 高校時代に出た「カサノバスネイク」というアルバムの1曲目の「デッド・スター・エンド」を聴いたとき、歌詞のとおりぶっとんで、ぶち抜かれて、それから本格的にミッシェルを聴くようになった。結局一度もライブで見ることができないまま、ミッシェルは解散してしまい、アベフトシが亡くなり、そしてチバユウスケが亡くなってしまった。 死亡が発表された日の昼休み、何の気なしにスマホを見てそのニュースが目に飛び込んできたとき、思わず声が漏れた。ショック、悲しい、い

          あふれかえるパスタの山

          前田のクラッカーって本当にあるのか。

          映画「ゴジラ -1.0」を見た。 ゴジラの小さくて真ん丸な目と、ねこ背のフォルムがたいへん愛らしかった。 舞台は戦後まもない東京。元軍人たちが知識と経験を生かして怪獣退治に発起するわけだが、そのなかに、いわゆる江戸っ子気質でべらんめえ口調の快活漢がいる。 そのキャラクターが、恐れ入ったという感情を口にする際、「おそれイリヤのキシモジン」と言った。こういうこと言う人が友だちや上司にいたら僕はすごく嫌だが、映画やドラマの登場人物として出てくるぶんには、大好きだ。周りの人たち

          前田のクラッカーって本当にあるのか。

          暴力と5万年

          今朝の通勤時、電車から降りるとき、降りる人の邪魔になって動こうとしないおにいさんを、おじさんがグーで叩き、それに対しておにいさんが蹴り返した。おじさんは逃げていったのでそれで終わったけれど、人が何かに腹を立てたときに、その感情を暴力という行為につなげる選択肢が自らの内に挙がり、それを選択するということをするのに、こんなにも時間がかからないものかと、心底驚いた。 たったの3秒で、それも朝から、さしづめ今日1日分の悪意とストレスを享受しきってしまったような心持ちだったので、いつ

          暴力と5万年

          kabuku

          歌舞伎座で歌舞伎を見る。 ネットでたまたま見た片岡仁左衛門の写真がかっこよすぎて、タイミングが合ったので行くことに。 「片岡仁左衛門、一世一代にて相勤め申し候」。この役をやるのはもう最後かもしれないということらしい。 席が左右センターらへんだったこともあり、正面の見得(みえ)が人工物のように左右対照に見えて、信じがたいほどに美しかった。物体としての人間の正しいフォーマットを見させられたよう。 色悪(いろあく)という言葉がある。色気と凄味のあるピカレスクヒーロー。悪役が魅

          ココア

          少し調べればわかることでも、知らないままにしていることはけっこうある。例えば食後の飲み物。 僕の場合はこうだ。朝食の後はブラックコーヒー、昼食の後はミルクを入れたコーヒー。夕食の後はデザートに合わせた飲み物か、何も飲まないことが多い気がする。特に理由はないし理屈は知らないけれど、「なんか」それが落ち着くのだ。とりわけ昼食後の茶色のコーヒーは是非ものである。波立つ胃酸の溜め池にほどほどのミルクで蓋をする感じというか。なに蓋って。 それにもかかわらず、その日の昼食後、僕はホッ

          11年目

          編集ボランティアとして、少しだけこちらの冊子の原稿チェックに携わらせていただきました。 https://www.inochi-kurashi.jp/info/3418/ 震災から10年という節目を迎えるにあたり、11年目以降、被災者に対する関心が薄れていくことを心配している団体さんが多いようです。 死傷、損壊、移住、風評被害以外にも、さまざまな形の「被災」があります。どういう人がどういうふうに困っているのかを、別の立場の誰かが知り、何かを感じる、そういうことのきっかけを