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父のコート

実家の父からコートが送られてきた。

愛知県の田舎で事務所を構え働く父は、どこへ行くにも車を使う。齢70も過ぎて、世の中的にはそろそろ免許返納という年頃だが、近くにバス停もない、最寄りの駅まで約2kmという状態では、どうしようもないのが現実である。なんとかしろよ、市。

話がそれたが、とにかくそういうわけで、彼のビジネスライフではアウターや防寒具を使う機会がほぼゼロなのだ。それゆえ、若い頃に購入したはいいものの、結婚式か葬式でしか着ることがなく、ほぼ日の目を見ることのなかったフォーマル寄りのコート、マフラーがいくらかある。それらを東京で暮らす息子に譲ることにしたわけである。

箱を開けて着てみると、やや型は古くてサイズも大きめではあるが、手持ちのカジュアルなトップスとのミスマッチがほどよく、存外イマっぽい。これがダッドコアというやつか。知らんけど。

この週末、髪を切りに出かける際に早速着てみた。特別な日にばかり着られた父のおさがりということで、なんだか少し背すじの伸びる思いである。父が着たものを着られる年齢に自分がなったことも、感慨深い。

そんなふうに静かな高揚を覚えながら、電車に乗り、散髪の前に映画なんかを見て、ランチを食べる。通された食堂の座席でコートを脱いだとき、ふと襟元のタグを見て、それが自宅の衣紋掛けで隣にかけてあった妻のコートだったことに気がついた。家を出るときに間違えたのだ。

なんだそれ!

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