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使わないと衰える筋肉

体、使っていかないとダメだな、って最近思います。

というのも、最近スマートフォンを
よく使っていて、

自分の足をつかう、手をつかう、頭をつかう、とった体全体を使う機会が
減っていることに
気がつきました。

たとえば、コーヒーのミルを
手廻しのミルで挽いてみる。

動きは単純だけど、手の色々な部分の
筋肉を使っているはずです。

実際に手でコーヒーのミルを
回している時、
集中するときもあれば、
考え事をしているときもある。

その間、手を動かしていて、
筋肉を使っているわけです。

毎日ミルを回していると、
ミルを回すときにだけ使う位置にある、
特別の筋肉がつく。

でも、たったの数日、ミルを
使わない日があると、
コーヒーミルのハンドルを握ったときに
違和感を感じる。

回しにくいか、少しぎこちない
感じになっていることが
ありました。

いつしか、辞書をひいて単語を
しらべることもなくなってしまった。

つい便利だから、早いから、
と思ってgoogle翻訳を
使っていると、

ちょっとした英文ですら
作文ができないか、

面倒に思っている。
基本的な単語すら忘れている。

しかも、忘れた単語をも検索している。

だんだん英語を使う頭の筋肉が
弱まっている、と気がつきました。

フランス語が鈍い、遅い、
すぐに出てこない、

外国語を使う筋肉は
明らかに衰えているみたいです。

これは、google翻訳、コピペ送信という
楽々パターンを長々使っていた
故のことだと、やっと気がついたわけです。

考えてみれば当たり前のことだけど、
使っていない体は衰える。

仮に筋肉トレーニングを
して筋肉をつけたとしても、

一週間でも体を動かさないとしたら、
また筋肉のない状態になる。

あたりまえだけど、当たり前だから
考えなかったのかもしれない。

もしかしたら、そんなことに薄々気がついて、
農作業で運動をする習慣を
作っていたのかもしれない。

車にはほとんど乗らず、歩き、
あるいは自転車を使うような

生活になっていたのかも、
って気がつきました。

今は、車を使わない生活の方が、
快適になっていますが、

おそらく無意識で危機感に
対応していたようですね。

体が先に反応して動いていた。

実は数ヶ月前、初めてAIを使ってみました。

文章の訂正ですが、
なんとまぁ、
見事にわかりやすく、
読みやすい文章に
一瞬で変わりました。

あ、でもこれはまずい、
って同時に思いました。

頭を使っていないのに、
文章ができてしまった。

見事に修正されてしまった。
便利だけど、きっと使わない方がいい、
って直感的に思いました。

だからチャットGPSも登録すらせず、
使わないで生きていこう、
って決めました。

これは頭の筋肉がなくなっている、
って思ったわけです。

少々遅くても、間違った文章であっても、
自分で直していけばよいのではなかろうか。

野菜だって、農機具使わなくて
野菜できているわけです。

形やサイズが変であろうがいい。

屋根に伝ってのびた、蒔き遅れのウリです。長さ1メートル近く、細長い。


効率悪かろうが、体を使っているから、
たぶん、体力はそこらの若い人にも
負けない気はするわけです。

でもただ一つだけ、
思い出すことがあります。

実は、何年か前に、
スマートフォンを持たない人、
検索すらしない、ネットをしない人に出会ったことがあります。

数分話をしていただけで、
あ、この人には負ける、
勝てない、って思いました。

まるで動物が自分より強い動物に出会って、
身を引くような
感覚に近いかもしれません。

新しいスマートフォンを持っていれば、
情報収集は早い。

情報量は多いから、有利なはずなのに、
あ、勝てない、負けた、と感じました。

自分より強い人を目の前にしたき、
もう存在だけで何かわかる
ような感覚です。

ネット使わず、図書館で調べるという。
図書館で検索、そういえば、随分と懐かしい気がします。


なるほど、効率は明らかに悪い。
それでも、話が面白いし、知識と経験も
私よりずっと多そうに感じた。

そういえば、ネット情報より、
本を見た方が正しい、説得力がある、って何度思ったことか。

そんな人をふと思い出したわけです。

これはいけない、ということに
ようやくはっきりと気がつきました。

じゃ、手を打っていくしかない。

たとえば、ロシア語など知らない言語が
あって、
翻訳を使う場合、

英語かフランス語に訳させる、
要は日本語に訳すのを
禁止にしていくことにしました。

長年、Google翻訳に
頼ってしまっていたから、
完全に頭の翻訳力は鈍っているわけです。

時間かかろうが、文法間違えようが、
いいんじゃなかろうか。

脳機能が衰えてしまったら、
きっと後悔する。

病気と同じで、長い間おかしなこと、

体に悪いものを取り続けていると

病気になるわけです。

数回スナック菓子を食べて
病気にはならないはずです。

でもずっとジャンクフードを
食べて生きていけば、

いつか体がおかしくなる。

いつかは人それぞれ。

楽で便利に見えて、
実は落とし穴がある。

同じような
ことかもしれません。

お皿洗い、ぞうきん搾り、拭き掃除、
ほうきを使って掃除する、

些細な家事であっても、
良い丹田呼吸につながると言っていたし、
あ、手を体をどんどん使っていこう、
と改めて思いました。

足を使わなければ、
年をとって歩けなくなるのかもしれない。

GOOGLE翻訳ばかりだと、そのうちに外国語を完全に
忘れるかもしれない。

あらためて気がつきましたが、
AIは使わない、
うまく使えばいいのかもしれないけど、
きっと私の場合、楽なことに頼ってしまいそうです。

先のネット使わない人は、何年も使っていないと言っていました。

ジョブスでさえ、子供にタブレットを持たせなかったというし、
便利すぎ、ってやっぱり良くなさそうですね。

そんなわけで、改めて使わないでいこうと思うこと、
AI
草刈機
炊飯器、
GOOGLE翻訳、
かつお節 ( けずります。)

掃除機くらいは、多少致し方ないけど、
ほうきも使っていこう、

うっかり物忘れもあるから、
やっぱり土に触れて、手で野菜に触れよう。
包丁も研いでいこう、

お蕎麦もまた打とう、

とまたまた改めて考えました。

ぬか床を毎日混ぜる、
かんたんで些細なことですが、
実はいいことかもしれません。

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