あらすじ 披露宴を開くことを心待ちにしていた新婚夫婦。 しかし、コロナウィルスが猛威を振るい始めたことで延期となる。 二人はそれぞれに仕事をこなしながらも収束の時を待っていた。 だが、その矢先に妻がコロナウィルスに感染してしまう。 悪いことに、意地を張り入院を拒んだことで症状は悪化していく。 必死に回復を祈る夫や家族に知人。 しかし、コロナウィルスは彼女の体を確実に蝕んでいく。 1 クリスマスが近付く街は、にわかに色付き始める。街を
30 平日と言うこともあり、ホテルは空いていた。飛び込みだったものの、加瀨は無事、部屋を取ることが出来た。シングルで右側にベッドが置かれ、左側にテレビ。手前にトイレがある。 部屋に入った加瀨はベッドに腰掛けると、すぐに携帯を手にした。調査報告だ。電話を掛けると、すぐに陣内は出た。 「新潟まで来た甲斐がありましたよ」 加瀨は早速、病院で聞いた男のことを話していった。 「そんな男がいたのか。犯人の裏には」 電話の向こうで陣内は驚きの声を上げている。 「この男に関し
29 タクシーが走り去ると、加瀨は気を取り直し病院へ入っていった。大通りに面した中規模な総合病院だ。建物は五階建てで、地域住民が主に利用しているのだろう。左側は駐車場となっていて、七割ほどが埋まっている。脇には駐輪場もあり、数台の自転車が止まっている。 加瀨は自動ドアを通過し中に入った。内部は吹き抜けとなっているため、とても広く感じる。ロビーのベンチには多くの人が座っているため、評判のいい病院なのかもしれない。廊下にも、看護師や通院に来た人が多く歩き、フロアでは、
28 アミの店を出た加瀨は上野まで行くと、上越新幹線に乗った。時刻は九時過ぎだったが、車内は出張に向かうサラリーマンの姿がチラホラとある。加瀨は彼らと共に新幹線に揺られていった。 新幹線は、二時間半ほどで新潟駅に到着した。加瀨は下車すると、そこからは私鉄を乗り継いだ。 そうしてようやく、楓の事件が発生した町に到着した。到着した駅は、二両編成の電車しか停車しない無人駅だった。駅舎は木造でホームには脇の空き地から伸びた草が侵入している。 改札を出ると僅かばかりのロ
27 携帯のない暮らしは退屈との闘いだった。出勤中も休憩中もすることはなく、手持無沙汰となっていた。中でも、部屋にいる時は苦痛だった。テレビもパソコンもタブレットも所有していないため、ひたすら過去に大人買いした漫画を読み漁っていた。 「本当に退屈ね。携帯がないと。昔の人って、どうやって生きていたのかしら。本当に不思議だわ」 漫画を読みながらも純は疑問に思った。現代人はそれほど携帯に依存しているということだ。それでも純は、自分が生き残るためだと言い聞かせ退屈に耐えて
26 新潟へ出発する日の朝、加瀨は久し振りにアミの店で朝食を取ることにした。最近は福沢の件や仕事も多忙で寄る時間が取れていなかったため、来店は久しぶりだ。 「あらっ、いらっしゃい」 年季の入った戸を引くと、アキは笑顔で出迎えてくれた。 「今日のオススメは何」 いつもと変わらない接し方に安堵しながら加瀨は真ん中の席に座った。店の奥に設置されているテレビでは、朝の情報番組が流れている。現在は野球選手の年棒の話題が取り上げられている。個人情報保護が制定されて何年も経つ
25 「何だと」 会社に戻り美奈から聞いた話をすると、陣内は目を上げた。 「それは本当なのか」 続いて確認を取ってくる。 「はい、データもここにあります。間違いありません」 加瀨は美奈が作成してくれたデータを陣内に見せた。 「おい、おい、これは凄いじゃないか。面白くなってきたぞ。これほど確かな情報を得たわけだから。本当に画像が欲しくなってくるな。何とかならないか」 データを一読すると、陣内の目は輝きだした。頭の中では、紙幣に羽が生えて飛び回っているのかもしれな
24 翌日。 加瀨の姿は日比谷にあった。午前十時過ぎから日比谷シャンテの入り口脇にある喫茶店で過ごしていた。 正面には女性の姿がある。 横川美奈という名前のセミロングでおとなしそうな印象の女性だ。彼女は、S社でアルバイトとして働いている。加瀨が山根を訪ねた際、コーヒーを運んできた女性だ。あの時、山根がタブレットを取りに席を外した際、美奈が入室してきたため、加瀨は念のために名刺を渡していたのだ。美奈はその名刺を見て、大切な話があると昨日電話をくれたことで、この日
23 純は、渋谷区の笹塚に住んでいる。京王線笹塚駅北口を出、甲州街道を渡ると、住宅街をしばらく歩き、コンビニの先に建つ賃貸アパートの一室が住まいだ。外観は剥き出しのコンクリートと堅牢な印象だが、築三十年と言うこともあり、家賃は六万円と格安だった。オートロックと防犯面も整っていることもあり、一年ほど前からこのアパートに住んでいる。 この日も、仕事を終えるとアパートに帰ってきた。オートロックを解除しエントランスに入ると、突き当たりのエレベーターで三階まで上がり、自分の
22 オフィスに戻った加瀨だったが、脳裏に公子の発した言葉がこびりついていた。 (また新たな犠牲者が出るぞ) というあの言葉だ。 もしあの言葉が事実であれば、スタッフの中に既に画像を見た人間がいることになる。 半信半疑で加瀨はスタッフの顔を思い浮かべていった。 この日の仕事ぶりを振り返った限り、誰もが普段と変化はなかったように思う。モニタに向かい、それぞれの仕事をこなしていた。福沢のように怯えた様子を見せている人間はいなかった。 (やっぱり、いるとは思えない
21 新聞社のオフィスとは多忙なものだ。忙しく動き回る社員がいれば、受話器を肩に挟み、キーボードを叩いている社員もいる。声を張り上げている社員もいれば、上着を手に外へ出ていく社員もいる。新聞は毎日発行しなければいけないため、新聞社で働く社員は日々忙殺されている。 その中、手を動かすことなく、声も張り上げることもなければ動き回ることもなく、デスクで固まっている人間がいた。 山根だ。 苦い顔でモニタ一点を見つめ、数日前に受けた加瀨の取材内容を思い返していた。取材当
20 同じ日の日中。 (本当に自分勝手な人だな。あの人は。あそこまで鬼にならないとこの世界じゃやっていけないのかもしれないけど、こっちとしてはたまったもんじゃないよ。違法に近いことをやらされるんだから) 加瀨は苛立ちを抑えながら、休憩スペースでコーヒーを飲んでいた。頭の中では、式場から帰ってきた後のやりとりが甦っていた。 オフィスに戻ると、加瀨は見て来た映像に関して詳細な説明をしていた。その際、式場から映像を借りることは出来なかったと説明すると、陣内は烈火の如く
19 (嘘でしょ。福沢さんの死んだ原因が不可解だなんて) 昼休みに入ったところで、トイレの個室にこもり項垂れている人間がいた。 純だ。 本来の彼女であれば、昼休みは由里と共に目を輝かせてランチに行くところだが、この日はとてもそんな気持ちにはなれなかった。食欲はなく、一人になりたい気持ちだった。 (どうしよう。本当にあの画像には人を死に追い詰める効果があるみたいだわ) 薄汚れたトイレの個室で純は、ずっと同じ事を考えていた。内容は、例の画像に関してだ。 (こんな事
18 会社を出た加瀨は新宿三丁目駅へ行くと、副都心線で渋谷まで行き、東急線に乗り換え自由が丘駅で下車した。 駅を出ると、九品仏川緑道沿いを進み、喫茶店の先の角を曲がると、二百メートルほど先に福沢が命を落とした結婚式場はあった。 白いお城のような建物で、中に入ると突き当たりに受付があり、右側に階段。左側は廊下が伸びている。式を挙げている人はいなかったものの、見学に来ている夫婦は何組もいた。ホールでは、忙しくスタッフが歩き回っている。 加瀨はその様子を横目に受付で
17 「どうだった。昨日は」 翌日に出社すると、陣内が早速聞いてきた。 「えぇ、あいつは穏やかに旅立っていきましたよ。ラグビー部の仲間に見送ってもらえて満足だったんじゃないですかね。それに、あいつが発表した話をメインで掲載した雑誌も棺に入れてやりましたし。部員の人は見たいって口々に言っていて、あいつはどこか誇らしげでしたよ」 告別式の様子を加瀨は教えてあげた。この日は曇り空だが、僅かに太陽の光が差し込んでいる。まるで、福沢が覗いているようだ。 「そうか。それならよ
16 救急車はすぐに呼ばれたものの、福沢は即死だった。勢いよく飛び込んだ衝撃で頭部を強打していた。頭蓋骨が陥没し、床は一面血に染まり、壁にはところどころに嚢腫が飛散していたほどだ。 救急隊の後には警察も駆けつけ捜査が行われたが、現場に争った形跡はなく、被害者の体にも抵抗の跡がなかったことや、目撃者も大勢いることからも酒に酔って水の入っていないプールにダイブした末の事故死として片が付いた。会場となった結婚式場には厳重注意が言い渡され、この騒動は幕を下ろした。 福沢