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「カエシテ」 第49話

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 翌日。
 加瀨の姿は元八幡にあった。平子の元を訪ねに来たのだ。結局、昨日一日を掛け、陣内の持つ情報網を駆使して平子を探したが、見つけ出すことは出来なかった。一応、調査は継続しているが、悠長なことは言っていられないため、加瀨はとりあえず平子の家を訪ねてきたというわけだ。
 駅を出ると、ロータリーの先の通りを直進し、千葉街道で右折した。そして、交通量の多い千葉街道をしばらく歩き、個人商店の角を左折し、住宅街を少し進んだ先で足を止めた。目的地に到着したのだ。
 平子の住むマンションは、五階建てで出入り口はオートロック。試しに入り口脇に設置されているインターフォンで平子の住む部屋を呼び出してみたが、返答はなかった。
(部屋にはいないのか。最悪なことになっていないといいけどな。何しろ、あの画像を手にしているだろうから)
 いささか不安を覚えながらも加瀨は管理人を呼ぶことにした。インターフォンで呼び出し事情を話すと、すぐに出て来てくれた。ロマンスグレーの髪をしたやけこけた老人だ。分厚いレンズの眼鏡を掛け、背中は曲がっている。
「そういうことかい。それなら中を見てよ。何かあったとしたら俺も困るからさ」
 管理人は加瀨の話をあっさりと受け入れてくれた。何かあれば自分にも害が及ぶことを恐れたのだろう。中に入れてくれた。一方で、こんなに簡単に他人を入れていいのかといささか不安に思ったが、加瀨は平子の部屋を目指していく。
 彼の住む部屋は三階だ。
 エントランスの先にあるエレベーターで三階へ上がると、廊下を進んでいく。
 そして、平子の住む三〇三号室の前に着くと、インターフォンを押した。
「おい、平子。俺だ。いるなら開けてくれ」
 同時にドアを叩きながら呼び掛ける。
 しかし、部屋から反応はない。
「ちょっと、大丈夫なのか。平子さんは。本当に何かあったわけじゃないだろうね」
 後ろでは管理人が不安そうな顔をしている。余程気の小さい人間のようだ。
「わからないから来ているんですよ」
 加瀨は苛立ちながら携帯を取りだすと、平子に電話を掛けた。
 だが、電話が繋がることはない。コール音が虚しく響くばかりだ。
「くそっ、駄目か」
 加瀨はあきらめて電話を切ろうとした。
 が、そこであることに気付いた。
 扉の向こうからもコール音が聞こえてくるのだ。
 ドアに顔を貼り付けて耳をそばだててみたが間違いない。部屋の中で携帯が鳴っている。
 試しに電話を切ってみると、扉の向こうも静かになった。平子が使用していた携帯は部屋にあると言うことだ。
「これはまずいですよ」
 その現実に加瀨は慌てた。現代人にとって携帯は必須だ。特に平子は、休憩時間は大抵携帯をいじっていた。そんな人間が携帯を部屋に置いて外出するとは思えない。そうなると、答えは一つしかなくなってくる。
「管理人さん。この部屋の鍵を取って来て下さい。もしかしたら一刻を争う事態になっているかもしれないので」
 不安を覚え加瀨は管理人に要求した。
「おい、勘弁してくれよな」
 管理人は泣きそうな顔をしながらも鍵を取りに戻った。
 その間も加瀨は携帯を鳴らし続けたが、やはり平子が出ることはなかった。
 そうしていると、管理人が鍵を手に戻ってきた。
「ありがとうございます」
 加瀨は鍵を受け取るとすぐに鍵穴に差し込み解錠した。
 部屋は、右手にキッチン。左手がリビング。その先が寝室となっていた。
 土足のまま上がり込んだ加瀨は、まずリビングのテーブルに置かれている携帯に気付いた。
 だが、それだけだった。
 全ての部屋を見て回ったが、平子の姿はどこにもなかった。
「何だよ。何もないじゃないか。人騒がせな人だな。全く」
 結局、加瀨は管理人の嫌味を聞きながらマンションを後にした。

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