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「カエシテ」 第58話

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 翌日。
 朝から新宿の路地裏は騒然としていた。救急車とパトカーが何台も駆けつけ、赤色灯を灯し一棟のビルの前で停車している。入り口には制服姿の警官が立ち、奥には立入禁止のテープが張り巡らせ、物々しい雰囲気だ。出勤する会社員は皆、歩きながらも好奇心を持った眼差しを向けている。中には、携帯で写真を撮ろうとして注意を受けている人もいる。
 そのビルの中では、三階に捜査員が集結していた。『月刊ホラー』が入っているフロアだ。
 騒動の発端は、清掃員による通報だった。
 この日の朝、いつも通り清掃員が仕事をこなしていると、オフィスの一角で血まみれとなった男がいたのだ。
 通報を受け救急隊はすぐに駆けつけたものの、すでに男の心臓は動きを止めていた。
 直後に警察も駆けつけ捜査を行ったが、現場に争った形跡はなく、また、男が仕事上で悩んでいたとの情報を得たことで、自殺と断定した。
 そうして、加瀨政宏の死は片付けられた。

 一方。
 池袋にあるネットカフェでも騒動が起こっていた。異臭がすると人々が集まっていたことで、店員が個室の鍵を開け中を確認すると、首吊り体を発見したのである。
 店はすぐに通報し警察の捜査が始まったが、現場は人一人が辛うじて入れるスペースしかないネットカフェの個室だ。争うことは出来ない。実際、隣室にいた人間は争う声は聞いていないと証言した。それでも念のため、防犯カメラ映像もチェックしたが、当人以外の人間が個室に出入りしていないことで、あっさり自殺と結論づけられた。事件性もないことで、ニュースで取り上げられることもなかった。
 そうして、平子守の死は片付けられた。

 また、新潟県警でも動きがあった。
 発端は、数日前に県の外れにあるレンタカー会社から入った通報だった。車を借りに来た男性が行方不明になっているというのだ。幸いにも車にはGPSが付いていたため、停車位置は把握できたが、従業員がそこまで行っても男性の姿はなかったという。
 警察は直ちに捜索を開始したが、車が停車していた場所は地元民でも近寄らない山のそばだ。通報を受けたものの、誰もが男は見つからないと諦観していた。案の定、消防隊やレスキュー隊が入山し数日探したものの、見つかることはなかった。
 一方で行方不明となっている男の身元はすぐに判明した。レンタカー会社から車を借りた際、免許を提示していたため、県警はすぐに東京の警察に捜査協力を要請し、山根のことを調べてもらった。
 すると、ここ一週間ほど何かに思い悩んでいる様子だったと複数の証言が入ってきた。会社の人間や家族からの証言のため、警察は信憑性を持った。
 となると今度は、東京在住の人間が何故、新潟にまで足を運んだのかという疑問が生まれてくる。
 この問題に関しても、山根のことを調べていくと、理由がわかってきた。山根には、過去に信越支社での勤務経験があったのだ。地元民では有名だが、この山は自殺の名所となっている。遺体が見つからないことで、足を向ける人は後を絶たない。一応、立入禁止の措置を取っているが、見張りを立てているわけではないため、地元民は頭を痛めていた。山根の勤務年数は五年となっているため、山の噂を聞きかじっていたとしてもおかしくない。
そうなると、話は見えてくる。
 何かに思い悩んだ末に、以前の仕事先で知ったこの山を死に場所に選び、入山したのだろう。警察の間でも、すんなりとこの結論に落ち着いた。遺体が見つかっていないため、一応捜査継続と形式を取っているものの、警察の人間は皆、諦観していた。そうして一週間もすると、誰もが山根のことを忘れ去っていった。

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