「カエシテ」 第50話
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その頃。
平子は池袋にいた。場所は、サンシャイン通りの中ほどに建つビルの三階に入るネットカフェだ。長期滞在を念頭に置いているため、個室を取っている。ただし、そこはネットカフェだ。個室と言えば聞こえはいいが、薄い板で仕切られた人一人が入れるだけのスペースだ。左にベッドがあり、右にデスクとパソコンが置かれている。しかし、平子は設置されているパソコンには一切手を付けていなかった。自宅から持ってきたノートパソコンで全ての作業を行っている。
オフィスに電話があった通り、平子は純の実家に足を運び、生前彼女が使っていた携帯を借りてきた。
目的はもちろん、あの画像だ。
ただし、携帯は液晶が粉々に割れていた。両親が言っていた通り、電源は入らなかった。
それでも、平子はあきらめなかった。
USBでパソコンと接続し、もっとも自信のあるプログラムを組むと、あっさりと携帯内部のデータを取り出すことに成功した。
早速チェックしていくと、驚いたことに携帯には画像が一枚しか保存されていなかった。その画像こそが、例の画像だ。画像は噂通り、怒りが滲んだ筆跡で判読不能の文字が書き込まれていた。迫力は満点だ。呪いの力を持っているとしても納得できる。
平子はそんな印象を持ったが、恐怖は全く感じなかった。自らが立ち上げたサイトに、この画像を目玉として載せる計画なのだ。今は、その計画が成功すること以外、頭にはなかった。
(本当にあいつらは間抜けだよな。俺がこのデータを見つけたって言うのに、処分したって話を鵜呑みにするんだから。お陰で、まんまと入手することが出来たよ)
平子は画面を見ながら笑っていた。計画通りの行動とは言え、ここまでうまくいくとは思っていなかった。
(きっとあいつらは今頃、騒いでいるんだろうな。俺の本当の目的を知って。愚かな奴らだよ。必死になって携帯に連絡を入れているんだろうな。俺の部屋にも行っているかもしれないな。そこで全てを悟るのかな)
平子の顔は卑屈に歪んでいく。彼は一年ほどしかあの会社で働いていなかったが、陣内の取る行動であれば手に取るようにわかるようになっていた。自分は何もすることなく、何もかもを加瀨に押しつけ、思うような結果が出ないことで怒り狂っているのだろう。今までこき使われていた人間が慌てふためく姿を想像すると、楽しくてしょうがなかった。笑いを堪えるだけで必死だ。声を抑えないようにしているものの、肩は小刻みに震えている。
(まぁ、何はともあれ、こいつは俺の手元にあるんだ。まさか、こんなものが実在するなんて思っていなかったけどな。お陰で、今後は楽しいことになりそうだよ)
笑いの衝動が収まると、平子は画像に目を戻した。その顔は会社で見せていた情けない顔とはまるで別人だ。良からぬ事を企む悪魔のような顔をしている。
(しかも、あいつらが集めてきた情報通りだからな。一体、どんな仕掛けになっているのか知らないけど。本当に効果はあるんだろうな)
悪魔のような顔で平子はモニタを見つめている。現在は構築中のプログラムのソースが表示されている。画面には、素人が見ると頭が痛くなるような英数字と記号が並んでいる。
(俺は人の下で働くことが嫌いなんだよ。特に、陣内みたいな人使いの荒い奴の下ではな。大したことも出来ないくせに、威張り散らしやがって。よく加瀨もあんな奴に付いていられるよな。前世はコバンザメだったんじゃないか)
画像を見たせいか、脳裏には数日前まで在籍していた会社のことが浮かんだ。いじられ役になっていた平子だが、全ては相手を油断させるために取っていた行動にすぎない。画像に対して人一倍ビビっていたが、あれも全て芝居だった。周囲の目を欺き、虎視眈々と画像を入手するチャンスを窺っていたのだ。
(まぁ、あんなアナログなやり方をしている雑誌社なんて、あと数年がいいところだよな。日本は昭和で時代が止まっている奴が多いからな。そういう奴に限って威張り散らしてやがるんだ。そういう奴らはこの先取り残されていくだけだよ。特に、その現実に気付いていないバカがいるところはな)
平子の目に悪魔が浮かぶ。そもそも平子が『月間ホラー』に入社した理由は、情報収集のやり方を学ぶためではなかった。自分の動画サイトを立ち上げるにあたっての看板が欲しかったからだ。いくらプログラミングスキルを持った平子といえども、決して有名人ではない。無名の人間が動画サイトを立ち上げたところで見る人などいない。平子も例外ではない。そうなると、地道に宣伝していくか、人の興味を引くようなネタが必要になる。地道なことが嫌いな平子にとって、選択肢はネタしかなかった。あの画像はネタに打ってつけだ。陣内は週刊誌の影に怯え断念したものの、平子は怯むことはなかった。
(あと数日で俺がそのことを実証してやるよ。あいつらに引導を渡してやる。見ていろよ。時代は今、どういうやり方を求めているのか、わからせてやるからな)
平子は悪魔の目を光らせた。
彼はその目でモニタを見つめると、ゆっくりとキーボードの上に手を広げ、プログラムを打ち込んでいった。
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