見出し画像

「カエシテ」 第48話

   48

 それは、平子が退社して二日後のことだった。
「陣内さん」
 と、由里が声を掛けてきた。
「どうしたんだ」
 忙しくキーボードを叩きながら陣内は聞く。
「今、電話があったんですけど、平子くんに純の携帯を借りるように指示したんですか」
「それなら一度はしたけど、その時はご両親がすでに処分していたって報告を受けたからな。純の携帯に関してはそれっきりだぞ。それ以降は出していないよ。あいつだってもう退社してしまったわけだし」
 陣内は目をモニタから由里へと向けた。
「そうですよね。私もそう聞いていたので」
 由里は額に手を当てた。
「どうしたんだ」
 そこで加瀨が聞く。
「今、純のお母さんから電話があったんですけどね。一週間ほど前に平子くんに携帯を貸したそうなんです。でも、まだ返ってこないのでどうなっているのか確認してきたって言うんです。本人はすぐ返すって言っていたというので」
「何だって」
 陣内の顔は怪訝に変わる。加瀨も同様の表情を見せている。
「何か、知っているのか。今の話は」
 すぐに加瀨に聞いた。
「いえっ、知りません。俺もこの件に関しては、ご両親が処分したと聞いていたので。話はそこで終わっていると思っていました」
 加瀨は首を横に振った。退社前、平子は確かに純の携帯に関してそう話していた。
「そうだよな」
 由里と同じ意味合いの答えが返ってきたことで陣内は考え込んだ。
「そうなると、どうなるんだ。あいつは俺達に嘘をついて、実のところは単独で純の携帯を借りていたって事か。その目的は一体、何だ」
 顎をさすりながら陣内が呟く。
「まさか」
 それと共に加瀨は声を上げた。
「もしかしたら、お前も同じ答えに行き当たったか」
 陣内は部下に目を向ける。
「はい、おそらくそうだと思います。あいつは純の携帯に残っているであろうあの画像が目当てだと思います」
「やはり、そうか」
 同じ考えだったらしく、陣内は顔をしかめた。打ち切りを告げたはずだが、あきらめきれない人間がいたことで頭が痛いのだろう。そう思ったものの、加瀨の頭には公子の話が甦ってきた。誰かが陰で追いかけていると言う話だ。その気持ちを刺激するように、外ではカラスが不気味な声で鳴いている。
「でも、待って下さい。純の携帯を手にしたところで、ロックされているんじゃないですか。純はもうこの世にはいないわけですから、携帯を手にしたところで中身は見られないと思いますけど」
 悩む二人に対して由里が言った。本人以外使用できないように携帯にロックがかかっていることは常識だ。
「そんなものは通用しないよ。あいつのスキルがあれば、ロックなんて簡単に突破してしまうから」
 だが、加瀨が冷たく言い放った。
「そうか」
 そこを忘れていたため、由里は肩を落とした。
「とりあえず、あいつの元に連絡を入れてみます」
 他に手はないため、加瀨は動き出した。
「あぁ、そうしてくれ。もう遅いかもしれないけど、何もしないよりかはましだからな」
「わかりました」
 上司の指示を受け、加瀨は自分の携帯を取りだした。そして、平子に向けて文章を打ち始めた。
(頼むぞ。返信してくれよ。お願いだから)
 加瀨は手早く文字を打ち込むと、祈るような気持ちで送信した。
「くそっ、あの野郎。いきなり辞めるなんて言い出すから何かあると思っていたけど、こういうことだったんだな」
 送信を終えたことを告げると、陣内が奥歯を噛みしめた。
「えぇ、変なことが起こさないといいですけどね。あいつは」
「どういうことだ」
 加瀨の言葉が気になり陣内は聞いた。
「あいつは動画サイトを立ち上げると言っていたじゃないですか。そこであの画像を公開しないかと言うことです」
「そうか、あの野郎。それが狙いか」
 陣内は頭をかきむしった。
「あいつからすれば、大きな目玉になるでしょうからね。あの画像は。可能性は高いと思うんですよね」
「そんなことになったら大変なことになるじゃないか。絶対に止めないと」
 陣内はそう言ったものの、具体的な策は何もなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?