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「カエシテ」 第51話

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「携帯を残して部屋を出て行ったわけか。あいつは。くそっ、徹底的に居場所を隠すつもりか」
 会社に戻り結果を報告すると、陣内は腰に手を当てた。
「はい、一応、あいつが帰ってきたら教えて欲しいって管理人には伝えてきましたけどね。どこまでやってくれるかは疑問です」
「あぁ、まず当てにならないだろうな。年寄りの管理人じゃ」
 気休めに言ってみたが、陣内は一切期待を持たなかった。
「部屋にパソコンはあったのか」
 代わりに聞いてきた。
「デスクトップはありましたけどね。確かあいつはノートパソコンも持っていたはずなんですよ。そっちはどこにもなかったです。おそらく、ノートパソコンを持ち歩いていると思います。あいつはきっと、そのノートで投稿しようとしているんじゃないですかね。あいつであれば、そんなことは朝飯前でしょうから」
「くそっ、何とか止めないとまずいな。本当に取り返しの付かないことになってしまうよ。あいつを完全に見くびっていたな」
 陣内は頭をかきむしった。脳裏には、平子の顔が蘇ってくる。社内では有名だが、陣内は人使いが荒い。中でも、平子のことはこき使っていた。稀に難色を示した時には、強引に従わせていたほどだ。平子の中で怒りが蓄積されていたとしてもおかしくない。その結果、陣内に対する復讐心が生まれ、虎視眈々とタイミングを計っていたと考えられる。そして、純の携帯から例の画像を見つけたことで、絶好のタイミングが訪れたと判断したのだろう。もしも、ネット上で公開した際、結果を知っていて自社の利益を最優先し、何も手を打たなかった会社と一文を添えられればもう終わりだ。世間から袋叩きに遭い、外も歩けなくなってしまう。憎しみを抱いた人間に対してこの上ない復讐と言えよう。
「こんなことになるなら連載形式でこの話は掲載するべきだったな。そうしておけば、あいつが今更ネットでアップしたところでうちの二番煎じとしか見られないだろうから」
「そうですね」
 気持ちは加瀨としても同じだったため、頷くことしか出来なかった。このままでは、平子に出し抜かれるのは時間の問題だ。それどころか、ネット上であの画像を公開されれば世の中は大パニックになってしまう。数日前は社員として働いていた男だが、今では時限爆弾のような存在になっていた。
「あいつの目撃情報を集めようにも有名人じゃないからな。誰も知らないし。警察に届けるにしても動いてくれないだろうし。参ったな。どうするか。こうなったらいっそ、あの画像の呪いが、あいつに掛かることを期待するしかないか」
 ついに陣内の口からは禁断の言葉が出た。
 だが、あながち冗談を言っているわけではないようだ。顔を見ると真剣だ。
「陣内さん。ちょっといいですか。バイトの掲載誌からお電話です」
 その中、由里が電話の取り次ぎのために声を掛けた。
「今は無理だ。対応できない。そっちで処理してくれ」
 だが、陣内は取り合わない。問題が山積していることで、それどころではないのだ。
「そんなことを言われても困りますよ。私にはわからないことなので。細かい話になるみたいなので。お願いしますよ」
 由里は不機嫌そうに言い返す。
「うるさいな。それくらい出来るだろ。どうして、それくらい自分で考えて出来ないんだ。いちいち俺に指示を仰がないと何も出来ないのか。少しは自分で考えて行動しろよ」
 だが、陣内は突き放すばかりだ。聞く耳を一切持たない。
「そうですか。わかりましたよ」
 そこが気に障ったのだろう。由里は顔つきを変えた。
「もう私は限界です。あの画像の話が出てから、ここはもう壊れてしまったんですね。以前のような職場ではなくなってしまいました。私はあの頃の職場が好きだったんです。だからこそ、いくら無理難題を押しつけられても耐えてきたんです。でも、もう私は付いていけません。こんな職場にはもういたくありません」
 口からは溜まっていた苛立ちが爆発する。
「なら、好きにしろよ。別に由里がいなきゃ、ここは回らないというわけじゃないんだから。人材は募集を掛ければすぐに来るんだ。自分が何もかもわかったつもりになっているのであれば、今すぐに辞めてもらっても構わないぞ」
 陣内は口元を歪めた。
「わかりました。それなら、好きにさせてもらいます」
 ここまで言われてはプライドの高い由里は我慢できないのだろう。荷物をまとめ始めた。
「それでは、お世話になりました。私はご希望通り、退社させていただきます。せいぜい犠牲にならないように気を付けて下さい」
 そして入館証を押しつけるようにして返却すると、嫌味を吐き捨てオフィスから出て行った。
「全く、面倒臭い女だな。大したことは出来ないくせに、態度ばかりでかいんだから。今後はああいう女は雇わないように気を付けないといけないな。一番扱いにくいよ」
 陣内も鬱憤を口にした。
 だが、それも僅かな間だけだった。すぐに加瀨との話し合いを再開していった。

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