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延藤 直也
2024年2月29日 07:38
たった一杯の珈琲が世界に平和をもたらすことはできないけれど、たった一杯の珈琲があなたの心を柔らかく抱きしめてくれるよ。たった一杯の珈琲が多くのお金を得ることはできないけれど、たった一杯の珈琲があなたとあなたの大切な人の幸せを祈ってくれるよ。たった一杯の珈琲があなたの人生を変えることはできないけれど、たった一杯の珈琲があなたが生きる今を肯定してくれるよ。忙しない日々に首
2024年2月28日 08:43
冬と春の間を吹き上げる冷たい風がぱっくり開いた中指の赤裂に針みたく突き刺さり全体が赤黒く澱んだ手を薄いコートのポケットに突っ込む赤裂は何度も塗りたくった軟膏の効用が追い付けない早さで深く傷を拡げる天気予報を裏切った晩冬の雨が赤裂を負った手を撫でて握り締める雨に滲んだ血が地面に滴る
2024年2月27日 08:46
駅前の高架下で賑わう若者が安い酒缶あるいは短い煙草を手に持ち語らう言葉は吐いた息と共に無意味な空気となるひとつの集団ともうひとつの集団との間を冷たい風が吹き上げるどんなに深い夜も人間が歩くための道を照らす明かりは消えない美しい満月の夜でさえも
2024年2月26日 07:22
冬が寒ければ寒いほど夜が更ければ更けるほど闇が深ければ深いほど人と人とが混ざり合い重なり合い交じり合う都会の冬夜ほんの一瞬振り返れば一瞬だったはずなのにその時は永遠だと思い込んでしまったその一瞬あるはずの物事がなく何もかもがないそんな一瞬が訪れた朝の澄んだ空を飛ぶ様に暗く深い海を沈む様に一瞬を全身で受容した永遠みたいな一瞬から覚めて足元を見ればずっと
2024年2月25日 07:32
ぷっくらまんまるの満月が雲の流れに流されず夜の暗さに隠されず高層ビル群に埋められた冬空の隙間にそっと佇む姿を電車が来るまでの五分間じっと見ている
2024年2月24日 07:10
吐く息の白さは、雪解け水の様に冷たく、深海水の様に暗く、果実が含む水の様に柔らかい。吐くたびに、白と白とが交錯し、白くない息を吸う。乗るはずの電車を一本見送る。次の電車が来るまでの間、穏やかだった気持ちが揺れそうになるのを、哀しみで抑え支える。
2024年2月23日 06:30
小川に沿ってなだらかに続く坂道を自転車を押しながらゆっくり登る坂道の先で今にも雨が降りそうな曇り空が空一面目一杯に広がる途中バス停のベンチに座って何度か息を吸って吸った分の息を吐く自転車の籠に載せた買い物袋からあんぱんを取り出して食べようか悩むやっぱり買い物袋に戻して長い坂道をゆっくり歩き出す
2024年2月22日 08:29
湿った髪の臭いや香水と香水が混じった化学臭や皮膚から滲み出る人臭が乱れ絡み合い車内を充す外気温との差で結露した車窓からぼんやりと見える灰色の街は輪郭がない高架橋から見下ろすアスファルトとの距離感を失い一瞬足が竦み反対側の車窓へ視線を飛ばすほとんど景色は変わらない
2024年2月21日 08:03
濁った灰色の雲が生温い雨を降らし微風が濡れたアスファルトの匂いを纏い暗い街を流れる傘も差さずにアスファルトのひび割れから顔を覗く名の知らぬ草をただ一転見つめる記憶を辿って駅前の信号の青や滅多に使わないボールペンの青や埃を被って学習机に置かれたままの地球儀の青を見ても空の青さを思い出せない
2024年2月20日 08:34
砂漠みたく渇いた哀しみを熟れた林檎みたく瑞々しい憎しみが背を摩り頬を撫で掌を包み母が子をあやす様に癒す渇いた哀しみが水を得る毎に少しずつ融けてゆく癒す憎しみが水を与える毎に着実に輪郭を持ってゆく哀しみが完全に融けて広がる海を憎しみが鯨の様に泳ぐ
2024年2月19日 07:54
屋根の端から雨水が滴る渡り鳥が飛行機雲をなぞる二匹の瓢虫が薔薇の枯れ木に止まる海風に似た湿度をまとった風が窓にぶつかる寝起きの鈍い視線が初春の柔らかな陽光と交差する
2024年2月18日 07:35
消化活動に勤しむ胃腸を労わるように炬燵に目一杯足を伸ばして横たわる足の爪から指指から足の甲甲から足首足首から脛と脹脛へ順序正しく血管を通り熱が巡る熱の重みに耐え切れず瞼が落ちてカーテンの隙間から垣間見えていた晩冬の庭先の景色が途切れる記憶の断片が糸で繋がるも瞬く間に糸が切れて剥がれる靄のかかった空に浮かぶ雲の上に一輪の霞草が凛と佇む自分の耳にも聞こえない声で
2024年2月17日 08:02
薄い布団の中で鉛の様に重い身体を捩る生暖かい陽光が襖の隙間から一筋差し込む眠い目を擦りながら窓を開けて南東の空を仰ぐ鈍い鳩の鳴き声屋根の先端から滴る雨水隣に見える梅の木ごみ収集車が停まる音珈琲の香朝の最後尾になんとか合流する
2024年2月16日 07:29
春と待ち合わせ冷めたお風呂くらいの生温い南風に背中を押され濡れたアスファルトの臭いが溢れる小道を歩いてゆく朧げな月明かりが雲の向こうでゆらゆら揺れ幾つかの春の思い出が消えては蘇りまた消える未だ蕾も付かない小さな桜の木の下で一冊の詩集を唱えるようにゆっくり読む春が来るまでの間