延藤 直也
日記的詩
日常生活の中で見出した気づきと発見を書き記します。
高層ビル群の隙間 風は強弱に関係無く 吹き抜ける余地を与えられず 気は熱され 熱された気が 新しい気を熱し 俯いて歩く人の吐く息や 用水路の臭い水蒸気や 枯れそうな草木の息吹諸共熱し 狭い隙間に熱気が滞留する
瑞々しくふっくらまるみを帯びた哀しみから 透明の滴が一滴ずつ暗く静かな海へ滴り落ちる 海に落ちても 溶け込むことなく 一滴の滴として 永久的に 海を漂い流れる 哀しみは 灼熱の夏陽や 地を這う熱風や 鮮明な緑の反射光に 熱されて 少しずつ枯れながら 終わりを閑かに待つ
暑い夏の短い夜 海がひっくり返ったように降り注ぐ雨 瞳の奥に稲妻の残像 昨日の哀しみや今日の喜び あるいは明日への憂い諸々 複雑に絡み合う 雨音と雷鳴 唯二つの音 夜明けはまだ
だだっ広く拡がる 夏の曇空の様に 真っ白い紙の中で 探し物を探す眼だけが 滑らかに彷徨う 頭から少しずつ 白に溶け込むにつれて 探し物が何だったか 忘れてゆく 身体のほとんど全ては 白に溶け込んだが 眼だけはただひたすらに迷い 白の中を漂い流れる
深夜、 (正確な時間は分からない) ふわっと目が覚めて、 意識と無意識の間に立ち上がり、 台所でコップ一杯の水を一気に飲み干して、 窓を開けると、 (網戸を開けて閉めてまた開けた) 都会の夜空に、 星屑が降っていた。 手を伸ばして、 星屑を掌に受けようとすると、 すっと通り抜けて、 地へ落ちて、 一瞬で消えた。
水面に ゆらゆら揺れる 月光の様 有るのか無いのか 有る様で無い様な 有ると無いの間を 往来 何も無かったかの様に 滑らかに海へ沈みたい
毎夜少しずつ 光を蓄えて ふっくらまるく 膨れ上がった月が 遂にぱんと 花火の様に とても綺麗に 夜の中で弾け飛んだ
湿った夜風と ぼやけた月光と 散らばった星屑が 夜に鎮む 雲が漂い 光が浮き 青が引き 黒が寄せ 時が流れる 小さなお家の灯が消えて こどもたちの声は静まり 屋根の上空を星が流れる
急勾配の下り坂みたいな日々を 両手一杯ブレーキを握りしめて 成る可くゆっくりゆっくり下る 果てしなく続く坂道の終点は見えず 逸れたり逃げたりする脇道もない ただひたすらに暗闇が広がる 向かい風は生暖かく 仄かに甘く 仄かに苦い 香を纏っている 淡々と着実に そしてまったく緩やかに 地獄へ向かう
空から落ちた 月のかけらが ばらばらに 散らばり 電信柱の影で 煌めき 方向感覚や 位置感覚が ぐらつき 雪崩の様に 一気に崩壊していく 夜風に流れる 雨の香 夏の香 と死の香
流れ星を知らぬ彼は 狭い空の下 俯いて硬い道を歩く 空気の重たい夏も 空気の澄んだ冬も 足音を立てぬよう 草花を踏まぬよう ゆっくり行く 水たまりを跨ぐ一歩の静かな響きで 初めて雨に気づく 空を見上げる
古本屋の軒下に並べられた文庫本を、 買い物袋片手に、 開いて読んで閉じるを、 何冊か繰り返し、 文字を読み進める眼が少しだけ濡れた古書を、 手に取った、 雨が降り始めてから、 降り止むまでの数分間。
早朝から、 アスファルトやビル群に反響する、 下水道工事の音や、 トラックのエンジン音や、 救急車のサイレンが、 ぴたっと鳴り止んだ、 暑い夏の昼下がり、 身体の内側から滲む汗に、 色褪せて伸び切ったシャツは仄かに濡れて、 扇風機の温い風に吹かれて乾き、 繰り返す、 空はとても青く、 雲はほとんど黒く、 陽は高いのに手が届きそう。
西から東へ走る電車内 読みかけの小説を忘れ 手持ち無沙汰 見える景色を一瞬で 鮮やかに通過してゆく車窓を ぼんやり眺め いつか失くした何かを 見当たるはずのない外景に 探し求めていると いつのまにか 息を吸うことを忘れて 意識だけが独り ビル群の向こう側 狭い空を 浮遊していくよう
希望と絶望の両方を 両肩に背負い、 夢と現実の狭間を 行ったり来たりしながら、 何も変わっていないようで変わり続ける日々を ひたすら歩く。 願いが叶わないことを知りながらも 願わずにはいられない、 祈りが届かないことを知りながらも 祈らずにはいられない、 どうか、 どうか、 と。 回るごと羽根に 埃を薄く纏う扇風機が 電源の入る限り ほとんど永遠に回り続ける様に、 生きる意味や生きた証 あるいは生きようとする意思 それらに関わらず、 命がある限り 生活は続く、 続いていく
夏の浅い夜 ゆっくり息を吸って 吸った分の息を吐く 再度深く息を吸う 黄色く未熟なグレープフルーツの 鋭く尖った酸っぱさや 溶け切らなかった砂糖が底に溜まった カフェ・オ・レみたいな甘ったるさや 高地に広がる奥深い森林の様に 青くとても青いセロリの苦さが 交じり合い 混ざり合い 空気中で湿っぽさを纏い 鼻腔を一気に抜ける