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詩日記

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日記的詩
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記事一覧

詩 「街灯」

鞄の中で雨に濡れた手帳みたく
もう元には戻すことはできないような倦怠感が
踵から肩甲骨まで覆い
遅い歩の足跡は昨日より濃い

満月が瞬いたほんの一瞬
影が夜闇に消えて
無言の呼び声は風に流れる

主体的で受動的な街灯の点滅が
いつもと同じで全く異なる道を照らし
浅い呼気が排水溝へと
最短距離で向かっていく

詩 「想像」

壁の向こう側のことは
何ひとつわからない

わからないことについて
幾つか想像してみる

沈殿する雲
停止する風
縮小する海

想像とは異なることについて
また想像してみる

浮遊する道
開放する夜
拡大する闇

想像と想像の間について
想像してみる

沈んだりういたり
眠ったり覚めたり
小さくなったり大きくなったり
する壁

詩 「後悔」

どこまでも
もはや永遠に
天国あるいは地獄のその先までも続く
灰色の道を
疲れても休むことなく
歩きました

歩き続けていると
野良猫に遭います
喉渇きを覚えます
金木犀を香ります
落ち葉を踏みます
五円玉を拾います
豪雨に降られます
水溜りに嵌ります
三日月を眺めます
流れ星に祈ります

とても綺麗な満月の夜
強く打ちつける雨に降られました
寂しく哀しかったのですが
雨の冷たさにいつかの海を

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詩 「主張」

足跡が
夜が訪れても沈むことなく
夜に似合わぬ足音を立てて
道のど真ん中に
居座っている

道端の街灯や排水溝
落ち葉たちは
慣れた様子で
足跡を完全に無視している

足跡の意味や足音の主張は
毛糸のような柔らかい細雨に
流れ
静かな夜
星の流れが聞こえている

詩 「冷」

夜風に舞う金木犀の香
秋雨に濡れたアスファルト
街灯に照らされた薄い影
そのどれもが冷たく感じられ
それらの冷たさが
冷えた身体を温める

詩 「問題」

微生物のような目に見えない小さな問題や
宇宙のような目に見えない大きな問題など
色形様々の問題が
柔らかい箱の中で
重なり合い交じり合う

議論でも金銭でも
時間でさえ解決できない
問題が雑草のように
生え続ける
ほとんど永久的に

あらゆる問題が複雑に絡み合い
過去から現在、未来を歪める

眠りたいのに眠れない夜もあれば
眠らずに居なければならないのに眠ってしまう夜もある

詩 「夜」

左右非対称の満月が
澱んだ街を下から照らしている

凛然と佇む涼しさ
清閑と流れる静けさ
颯爽と駆け抜ける渇き

暗い夜は
機嫌や調子に左右されることなく
昨日と今日、今日と明日を
淡々と繋ぐ

夜の暗さ、本来の暗さを
まだ知らない

詩 「金木犀」

幅員の狭い路端に
壁のように真っ直ぐ佇む金木犀を
何気なく眺めて横を通り過ぎる

砂糖を入れた珈琲を
スプーンで混ぜるように
沈んだ金木犀香を
柔らかい秋風が対流させる

押入れに積み重なった衣類ケースから
トレーナーをそっと引っ張り出すように
枯葉色の記憶を静かに思い出す

詩 「寝室」

天井と床と壁、不完全に
仕切られた寝室はとても暗い

本を読むことも
水を飲むことも
夢を見ることも
できないほど暗いが
ただ眠りに、就くことはできる

冷たい隙間風と温い呼気が
部屋の中心で出会い別れる

昨日と今日、明日の境界線がぼやけて
今日が割れる
その破片を記憶に接着剤でくっ付ける

詩 「帰路」

スパイスカレーの匂い
バラエティ番組の音声
窓辺に飾られたぬいぐるみ
気怠い歩みが立ち並ぶ民家の温度を計る

街道と民家の境界線は太く厚く冷たい

平面的な風が
ほとんど一定の速さで吹く

緩やかな坂道が
深い呼吸を呼び戻す

静かな足跡が
死に近づくごとに薄まる影の
重みを支える

詩 「生活」

何を見ただろう
と、問えば
扇風機の羽の埃
と、答える
何を聞いただろう
と、問えば
洗濯機が途中で止まった音
何を思っただろう
と、問えば
来月の生活費について

改革の前夜は
いつも静かであるのに対して
不変の街は
いつも騒がしく
必要以上に明るく
そして冷たい

何者かになった一握りの人たちは
昨日のことを忘れて
十年後のことを考えて
今日を過ごす
何者にもなれなかった沢山の人たちは
十年前

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詩 「でこぼこ」

色や形、意味の無い雲から
大小様々な問題が
受動的なアスファルトに降り注ぎ
道中、問題の水溜りに嵌って
はじめて道を形作るでこぼこに気づいた

風は重心を低くして
喧騒の街を踵を擦って歩き
その大きくない足音だけが
狭く暗い空に妙に響いた

冷め切った風呂のぬるま湯みたいな
獲得も損失もない昼は
何度目かの瞬きとともに終わり
明るく色鮮やかな夜がはじまる
眠れるだろうか眠れないだろうか
それは布団

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詩 「荒波」

詩を書いていた昨夜も
雪が降る予報の明朝も
眠りに就こうとする今この瞬間も
問いは増え続け
答えは減り続ける

無色の風は朧げな月明かりに
照らされ
無形の雨は柔らかいアスファルトに
落ちて
無音の雲が乾いた夜空に
響き
無機質の魂が凪の海上に
浮遊している

未来の輪郭は永遠にぼやけ
過去と現在の境界線は滲み
ほんの一瞬の荒波に呑まれる

詩 「疲弊」

緩やかに曲がった背骨
重力に抗えない二重瞼
前進する後ろ向きな踵

もったりした徒労感と
ぼてっとした疲労感が
両肩甲骨に根を生やし
ため息を栄養にして
根だけをただ深く伸ばす

幹も枝も葉も花もない
根のみの植物は
硬く冷たい
また太く尖っている
さらに生命力が大きく脆い

時々生える芽を摘もうとも
何も変わらない
過去も現在も
未来さえも

味のしなくなったガムみたいな
気を紛らすためだけの乾

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