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詩日記

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日記的詩
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記事一覧

詩 「壁」

部屋と部屋
街と街、国と国
を隔てる
闇のような壁
朝は低く、夜は高い
夏は厚く、冬は薄い
呼気が届く距離にありながら
手の届かない距離にある壁は
時間の経過と季節の移ろいによってのみ
変化し、その変化に合わせて
通り抜けて来た
暗号のような、呪文のような
言葉の破片を拾う

詩 「晩秋の朝」

晩秋の朝鶯の鳴き声が
毛布の温もりと共鳴する

トーストに溶けゆくバターの香りが
物干し竿をしならせる

砂糖が沈んだコーヒーの液面に
乾いた自転車のブレーキ音が響く

詩 「湿地」

記憶とは全く異なる
自分の顔が
カーテンの無い
窓に醜く映る

薄い壁は
騒がしい音を通さない代わりに
静かな音を淡々と響かせる

湿地のような湿度と明度の
一室で
昇らない陽を
いつまでも待っている

詩 「包む」

海へと続く硬い道に
瞬きより早い
陽の光が沈んでいく

夜より暗い夕方の闇の中で
海までの距離を憂う

海亀の遅い足跡を
ふくよかな秋の腕が
やさしく包む

詩 「海」

硬く鋭い雨が
海の見えない街を
ゆっくり濡らす

遠くで聞こえる雨音は
夢の中で聞く波音と
耳心地よく重なり合う

足先だけが
砂浜のような温かい冷たさに
包まれる

詩 「夜の暗さ」

一番遠い距離にある星は
一生懸命に輝いている
一番近い距離にある星は
つまらなさそうに輝く

一番遠い星と一番近い星との距離は
百年より長く一瞬より短い

決して線では繋げないはずの星々を
いとも簡単にチョークで線を引いては
星明かりより小さな嘘をつく

夜の暗さを知らない
ゆっくりとした他者の沈みも
上り続ける鼓動の速さも知らない

いつもより手を強く振って
体重より重い歩をなんとか前に進める

詩 「惰性」

二台の倒れた自転車の
愛なき抱き合いは
北風の冷たさと
太陽の温かさの
間に沈んでいる

気怠く伸縮を繰り返す
冬の曇空みたいな惰性の生活は
薄い毛布を何枚も重ねたような居心地の良さ

進み続ける時間に抗うように
目を閉じて本を読み
耳を塞いで歌を聞く
一年前と変わらない今日の秋に
無関心でいる

詩 「闇色」

なんだか温かい晩秋の夜風
いつもの帰路
鞄から落ちた言葉や
車に轢かれた言葉あるいは街から溢れた言葉を
淡々と拾いながら歩く

足元から
音ひとつ立てることなく滑らかに
すうっと広がる見えない闇

排水溝の泥
電信柱の傷
信号機の影
闇色のそれらが
分厚い輪郭とともに
夜を彩る

詩 「透明」

白昼夢の鴉は
無色透明の羽毛を纏い
内臓や血流
あるいはひとつ一つの細胞まで
顕微鏡のような
高い解像度で見える

津波のような羽ばたき
地鳴りのような鳴き声
吹雪のような冷たい眼

決して群れない
孤独な飛翔が
灰色の曇り空とアスファルトの間を
見事に支配する

詩 「あかぎれ」

北風の冷たさと夕方の暗さが
街の上に浮き立ち
モノクロームの街路を
真っ黒な猫が駆け抜ける

温度を保とうとすればするほど
無意識に歯を食いしばって
歯を食いしばっていることに気づいた時には
鈍い痛みが閉じたままの口内に残る

薬缶から沸く湯気
洗濯物の乾き具合
右手指のあかぎれ

浅い呼吸の連続
その節々に漏れる深い呼気
吐いた分の息を吸い込もうとすると
死のにおいが仄かに鼻腔を擽る

詩 「浮上」

自らの身体を
なんとか浮上させるため
そのためにできることなんて
部屋の明かりをすべて消すこと
それだけなのです

明かりをすべて消しところで
寒いまま
震えたまま
止まったまま
姿勢や態度は何ら変わらないのですが
身体が浮く感覚が
身体の内側と外側の境界に
生まれます

状況というのは
大きく変わることはありませんが
小さく変わり続けます
変化をもたらす要因はさまざまですが
思い込みや考え過ぎ

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詩 「交差点」

何の変哲もない
ただの交差点

空より高いビル
卵型の朧月
薄く霞んだ停止線

こちら側と向こう側の歩道とを
繋ぐ夜の横断歩道は
ほとんど吊り橋のようで

一歩ずつ足跡を確かめながら進める歩みは
とても遅い

横断歩道の途中で止まり
歩くのより速い回転で思考する

信号の青が照らす歩く意味や目的
歩き始めた瞬間の光の点滅が
視覚の根底に沈んでいる

詩 「夜を飛ぶ」

海へと繋がる無灯の小路は
夜を飛ぶための滑走路
速度の上がらない
機械的でまた人間的でもある歩は
怠そうにからっと乾いた音を立てる
枯葉色の猫が
無関心を装って
消えかけた足跡をなぞる
止まったままのような時間は
あまりにも滑らかに経過し
夜の深さが感覚や思考は鎮める
目を閉じてから
目を開くまでの
凛とした時間

詩 「鬱血」

鮮明な工事音を
乗せた乾いた風
街角から街角へ
まっすぐ伸びる

誰も明確に線引きできなかった
曖昧な夢と現実の境界にも
些かずれもなく線を引く

葉を溢した枯木は
朴訥と空を見上げ
鬱血した青黒い空