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おっぽれを忘れない


毎日note更新21日目。

この前、自転車を漕いでいた時、ふと「おっぽれ」という言葉が頭をよぎった。

おっぽれを思い出した瞬間、僕は「あ〜懐かしいな」と感傷的になった。

おっぽれ。

おっぽれとは一体何なのか。

おっぽれとの出会いは僕が高校三年生の頃。

ちょうど今ぐらいの時期だった。


2002年9月下旬。

ラグビー部に所属していた僕は毎日ハードな練習をこなしていた。

10月から始まる全国大会予選に向けて、練習はより一層過酷なものになっていった。

当時僕達は高校三年生だったので、この全国大会予選が最後の大会となる。

この大会で負けたら、それ即ち引退なのである。

引退をかけた大会、めちゃくちゃ重要な大会である。

そんな全国大会予選を前にある事件が起きた。

僕達三年生のうちの一人がちょっとしたトラブルを起こしたのだ。

ただ、トラブルと言ってもほんの些細な事で、もちろん謹慎などといったそんな処罰を受けるものではない。

すいませんでした、ぐらいで済む内容である。

しかし、うちの監督はそんなものでは済まさなかった。

監督はラグビードラマ、スクールウォーズの主人公を演じていた山下真司に激似の男ですぐブチぎれて眼球を見開いてくるとんでもないおっさんだった。

そして自分が山下真司に似ている事も自覚しており、おそらくスクールウォーズの様な劇的なドラマに憧れているおっさんだった。

劇中で山下真司が「悔しくないのか!」と言う有名なシーンがあるのだが、このおっさんはそれの関西版として「悔しないんか!」とよく言っていた。

意識してるのが丸分かりである。

だから何かあるとすぐドラマの様な展開に持っていきたがった。

些細な事でも大事にしてドラマチックな展開にしようとするのである。

なので今回も嫌な予感がした。

全国大会直前。

部員のトラブル。

ドラマチックな匂いがプンプンする。

何度も言うがトラブルと言っても本当に大したトラブルではない。

しかしこれをあのおっさんが見逃すはずはない。

僕達は「勘弁してくれ」と思いながら、ミーティングが行われる部屋に向かった。


部屋に入るとおっさんが腕を組んで眼球を見開き待ち構えていた。

完全に役に入り込んでいる。

たぶん前日にスクールウォーズを見直してきているだろう。

そしておそらく事前に用意してきたセリフを厳しい表情で口にする。

「今回の事でラグビー部は全国大会予選を辞退する!!」


僕は思った。

絶対、辞退する気ないやん。

何でこれぐらいの事で大会辞退する事になんねん。

てか、このおっさんが一番辞退する気ないやろ。

またおっさんの長いドラマに付き合わされなあかんのか。

もうええって。

横にいる僕の友達、とにかくめちゃくちゃ変な人、通称"変人"も同じ表情をしている。

おそらく考えている事は一緒だろう。

僕達三年生の少なくとも半分ぐらいはおっさんのドラマ作りを分かっていた。

わざと大事にしてドラマを作ろうとしていると。

しかし厄介なのはそれが分かっていてもドラマに乗っかるしかないのである。

何せすぐブチぎれてくるからだ。

僕達は強制的にドラマの登場人物の1人にされていた。


そんなおっさんが辞退を宣言してすぐ、間髪入れずに1人の部員がこう叫んだ。

「監督!僕達ほんまに終わりなんですか!?」

めっちゃいいセリフ入れてくるやん。

おっさんが欲しいであろうセリフを一番いいタイミングで入れてきたやん。

何これ。

おっさんの仕込みなんちゃうん。

いいセリフが返ってきたおっさんは満足そうにしかし厳しい表情でこう言い放つ。

「終わり!!!」


何やねん、終わりって。

何で一言やねん。

終わりを食らったさっきの部員は泣きながらこう言う。

「監督〜。僕達、終わりたくないです〜」

号泣である。

それに呼応しておっさんが言う。

「お前らは、、、」


。。。


長い。

間が長い。

「は」を言ってからの間が長い。


たっぷり溜めて溜めて、、、


「終わりっっっ!!!!!」


何してんねん、これ。

何や今の間。

どんだけ溜めんねん。

しかも何で「終わり」の2連撃やねん。


渾身の「終わり」を言い放ち、おっさんは教室を後にする。

「監督!監督!」と数人の部員が呼び止める感じを出す。

まじで何をしてんねん、これ。

何やこのドラマ撮影は。

誰が演技で誰が素なんかよう分からん。


こうしておっさんは教室の外に出ていった。

しかし厄介なのがおっさんはどうせまだ近くにいるのである。

出ていったフリをしてドアの外にでもいてこっちの様子を伺っているのだ。

つまりドラマは継続しているのである。

気を抜く事は出来ない。


すると今回の騒動の発端となった男が立ち上がった。

教室の一番前まで歩く。

そしてみんなを見渡しこう言った。

「みんな、みんな、本当にすまん!!!」

彼もまた号泣である。

「お、俺のせいで、、こんな事になって、、ほんまにごめん!!!」

ちなみにこの男、俳優の佐戸井けん太さんに激似である。

あまりにも佐戸井けん太さんに似ているため謝罪が頭に入ってこない。

泣いている顔もまた佐戸井けん太さんによく似ている。

そして佐戸井けん太は続けてこう言った。

「俺を!!俺を!!みんな殴ってくれ!!!」

佐戸井けん太の悲痛な懺悔を聞いて、あちこちから「ウッウッ」と泣く声が聞こえる。

横の変人も顔を伏せ肩を震わせて泣いている。

僕は思った。


みんな泣いてる。

みんな演技じゃないのか。

演技とかドラマとか思ってたのは俺だけなのか。

すまん、みんな。

すまん、佐戸井けん太。

すまん、山下真司。


とりあえず僕はみんなに合わせて泣いてる感じを出そうとした。

顔を下げうつむこうとすると、ふと佐戸井けん太の足元が目に入った。

佐戸井けん太は白い上靴を履いていた。

その白い上靴に何か文字が書いてある。

当時、学校の中で白い上靴に自分で文字や絵を描いて自分だけのカスタマイズするのが流行っていたのである。

その流行りがどうなのかは置いておいて、当時みんながやっていた。

それを佐戸井けん太もやっていたのである。

僕は佐戸井けん太の上靴に書いてある文字をじっと見た。

すると左右の上靴にでっかくこう書かれていた。

「私はエロス」


僕はふいの一撃にフフッと笑ってしまった。

泣きながらみんなに謝罪している男が「私はエロス」と書かれた靴を履いている。

めっちゃふざけてるやん。

何やねん、私はエロスって。

笑ってはいけない状況がさらにこみ上げる笑いを加速させる。

僕はもう一度、上靴を見た。

やっぱり「私はエロス」としっかり書いている。

上では泣きながら俺を殴ってくれと訴えている男が下では私はエロスと宣言している。

あかん、我慢できん。

そんな僕にさらなる追い討ちが入る。


よく見ると私はエロスの下にまだ何か書かれているのだ。

僕は目を凝らした。

私はエロスの下に書かれていたのは

「おっぽれ!おっぽれ!」

という文字だった。

僕は思った。

おっぽれって何??


あっぱれではなくおっぽれ。

謎の言葉、おっぽれ。

意味は分からないが響きが妙にくすぐってくる。

「私はエロス」からの「おっぽれ!おっぽれ!」

とにかくゴキゲン。

そんなゴキゲンな靴を履いている男が殴ってくれと訴えている。

どうなってんねん。

どんな状況やねん。


僕は笑いを我慢出来なくなっていた。

ふと横の変人を見る。

唇を噛んで笑いを堪えている。

肩を震わせ泣いているように見えた変人も笑いを堪えていただけなのだ。

さらに周りを見るとみんなも笑いを堪えている。

全員

「私はエロス」からの「おっぽれ!おっぽれ!」のコンボにやられていたのだ。


頃合いを見計らって再度おっさんが教室に入ってくる。

おそらくおっさんの中ではこのぐらいのタイミングで全員が号泣というシナリオのはずである。

みんなを見渡しこう言う。

「お前ら顔をあげろ。何やお前ら、泣いてんのか?」

しかし顔をあげた僕達は泣いてなかった。

おっさんは「あれ?」てなった。

おっさんのシナリオをエロスとおっぽれが打ち砕いたのである。


一週間後。

僕達はまた教室に集められた。

おっさんとの再度の話し合いである。

あれから一週間、部活は休止していた。

今日おっさんとみんなで話し合いをして、話し合い中にもう一波乱あったりして、最後は全員涙の活動再開。

それがおっさんの描いたシナリオだろう。

腕を組み、厳しい表情をしたおっさんがキャプテンに問う。

「お前らがやらなあかん事は分かったんか!!」

キャプテンは答えた。

「まずは今回の事でご迷惑をかけた関係者の方への謝罪です!」

本当にそんな大袈裟な事ではないのだが、これは模範解答と言える。

おっさんは「そうやな」と満足そうにしかし厳しい表情で答え、続けてこう言った。

「じゃあその謝罪するのは、お前ら個人個人か、それとも全員なんか、どっちや!!」

サービス問題。

めちゃくちゃ簡単な二択。

答えは「全員」である。

問題を起こしたのは"おっぽれ佐戸井エロス"だが、おっさんは連帯責任と言いたいのだ。

そしてみんなで謝罪し、より団結を深め、そこから全国大会予選に挑む。

これがおっさんが描いたシナリオだ。

一瞬で全員がそう理解した。

そもそも個人で謝罪しに行く意味は全く分からない。

なぜ何もしてない僕が個人で関係者に謝りに行くのか。

そんなわけはない。

答えは間違いなく「全員」

やはりこれはサービス問題である。

そしておっさんは変人を指名し

「どっちや!!個人か全員か、答えろ!!」

と言った。

変人は立ち上がり、

堂々とした姿で

ハッキリと

「個人です!!!」と言い切った。


大ハズレ。

まさかの二択、大ハズレ。

サルでも分かるサービス問題、大ハズレ。


おっさんはふいをつかれ「いや、、え?」とたじろいだ。

まさかここで逆を言うとは予想していなかったんだろう。

そして呆れながら消えそうな声で

「お、お前、、、個人は、、、違うやろ、、、」

と言った。

そしておっさんの演出プランが狂いまくり、何かよく分からないうちに僕達は復帰する事になった。

変人の珍回答がおっさんのシナリオを打ち砕いたのである。


そんな事を自転車を漕ぎながら思い出した。

佐戸井けん太も今や二児か三児のパパ。

おっぽれな毎日を送っているのだろうか。

ていうかまじでおっぽれって何やってん。

あれから20年近く経った今でもさっぱり分からない。

僕はおっぽれをネットで調べてみた。


オッポレ

江戸時代、水害や暴風雨などで田畑が水没してできた大きな水溜り。


いや、やっぱ分からん!!!









100円で救えるにっしゃんがあります。