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2019年4月富岡浪江取材 「8年も経つのに」

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〜〜〜〜〜

<続き>

浪江町役場前の小さな商店街、まち・なみ・まるしぇを目指し歩く。

ここは昨年5月に訪れ、絵本「楽園」の1ページにもなった。手前の建物は解体され、今はあの絵とは違う空間になっている。切なかった。

国道6号線到着。六国沿いの廃車群。すぐ近くにゼネコンの大きな事務所と駐車場があるが、ここから廃車を撮影しているだけでジロジロと見られる。

まち・なみ・まるしぇ着。カメラの電池は切れかかっていた。慎重に被写体を選んで撮ることにする。

残念なお知らせ。まち・なみ・まるしぇでは、栄養満点の食事を提供してくれていた「キッチングランマ」が休業していた。「人手不足のため」というが、本当かどうかはわからない。今年3月末で浪江の人たちへの補償に変化があったが、その影響では、と勘ぐってしまう。これは僕の推測でしかないが、はっきり言って怒りが湧いた。NHKのあさイチでアッキー(篠山輝信)も訪れた店。どう感じているだろう。

まるしぇで休憩したのち、あちこち撮影しながら駅へ向かう。更地になった場所がある一方で、廃墟も相変わらずたくさんある。

(更地)

(廃墟)

(綺麗に見えるがここも廃墟)

(廃墟)

(廃墟)

(廃墟)

廃墟。このビルのオーナーは僕の知人の同級生で、震災前は仲間同士の行きつけだったという。先月から解体が始まったと話を聞いた。

浪江小学校。イベント時は校庭が駐車場へと変わるが、体育館の中はこの状態だ。

子供のいない小学校と公園に、ただ桜だけが儚く咲いている。

都合のいい時だけ、復興の象徴のように桜並木が取り上げられ、都合のいい時だけ、駅前のイベントに子供達が駆り出されて復興の象徴のようにダンスを踊る。そのすぐ脇には、人のいない荒れた廃墟が駅前とは思えないほどたくさん並ぶ。行政としては、東京五輪までに全てを更地にしたいと考えているかもしれない。東京五輪後のことは、何も考えていないだろう。

(ジャスミン)

(手前2軒は壊れた冷蔵庫が転がっていて廃墟と推察できるが、一番奥の店は…看板が比較的綺麗でわかりにくい)

(ここも廃墟)

結局、この日は朝早く来た割には13km程度しか歩かなかった。レンズの故障というイレギュラーな出来事によって電池を大きく消耗したことが悔しい。iPadで撮影することも可能だが、ミラーレス一眼と比べるとどうしてもクオリティに納得がいかない。

いつもと同じ、16:38浪江発富岡行きの代行バスに乗って帰ることにする。

(帰りの代行バス車中にて)

(上がるポイントは大体わかってきた)

最大4.46μSv/h。いつも富岡行きの方が高い数値が出る。アラームは鳴りっぱなしだ。帰還困難区域を突っ切る六国では、車を止めて計測した場合、最も高いポイントでおおよそ毎時8μSv前後まで上がる。車中での計測なので、外に出ればもっと高い値が出るはずだ。僕が初めて六国を走った2015年5月の時点では、車内でも毎時10μSvを超えたといわれ、これでも下がった方だ。

友人たちはこの数値を見て驚くが、代行バスでは一瞬で通り過ぎるので実はそんなに怖くない。徒歩で3μSv/hを超えるようなところを歩くときの方が余程怖い。より長い時間放射線に晒されるし、放射性物質がたくさん舞うし(浜通りは風が強い)。漫画のようにゴクリと唾を飲み込むし、冷や汗が出る。

バス自体は、春休み最後の週末の割には思ったほど混むことはなかった。すぐ後ろにベロベロに酔った同世代とみられる金髪男性が母親と一緒に乗り込んできて嫌な予感がしたが、それは的中した。

カメラの電池が切れたため、僕はiPadで線量計や外の風景を撮影していたが、途中、疲れで一瞬寝てしまい、つい右手の親指でシャッターボタンを長押しして連写してしまった。すると後ろにいた金髪の酔っ払いが声をあげた。

「おい、聞いたか?連写だよ、連写」
「8年も経つのに、地元のことなんか全然考えてねーな」
「どんな顔してんだろうな」

富岡駅到着後、バスを降りてからその男性と一瞬睨み合う。

「8年も経つのに」

どういう文脈でこの言葉を使ったか知らないが、8年経ってもこんな状態であることをどうして許容できるのか、逆に僕には理解出来なかった。

一触即発の状況のなか、突然僕の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。もう10年来の絵描き仲間のSさんだった。富岡の夜桜を見に、友人と都内からやってきたという。もっとたくさんの人に現地の様子を見て知ってほしいと思っていた僕は、一気に心が晴れた。電車の時間もあり、一瞬しか話すことは出来なかったが、とても救われた瞬間だった。

…いわき行きの電車でも同じ車両に乗り込んできた金髪の男性は、いわきでさらに水戸行きの電車に乗り換えて去っていった。どこに住んでいるかわからない福島県民とみられるその男性の言葉は、かなり腹は立ったが、同時に深く突き刺さった。

18時過ぎに一旦いわきのホテルに戻り、シャワーを浴びて少し休憩、充電したのち、震災前は浪江で営業していた居酒屋へ向かう。

ここに来るのは3回目。マスターもママさんもすっかり僕のことを憶えていて、本当に嬉しい。

(もちもちのカツオ)

(マスターが山形で採ってきたという山菜の天ぷら)

(この岩塩でいただきます)

(しどけのおひたし)

(鶏の唐揚げ。最高でした!)

隣で呑んでいたカップルも交えて会話が弾み、つい多めに呑んでしまった。次回浪江を訪れた時は、国道114号沿いにあるという、昔のお店を撮影してこようと思う。それで1枚描きたい。

(ママさんからは筋子のおにぎりをサービスでいただいた。ありがとうございます)

酪王牛乳を飲んでこの日は就寝する。

3日目は富岡の桜まつりへ行く予定。最も精神的にキツい1日になると思っていたが、その通りだった。

<続く>


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2019年4月富岡浪江取材 「8年も経つのに」

鈴木邦弘

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イラストレーター、絵本作家、介護福祉士。第4、6回MOEイラスト絵本大賞入選。PIBO.jpより電子絵本公開中。2019年3月、金沢21世紀美術館にて「もやい展金沢」出展。 https://www.behance.net/niq1973f635
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