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「&So Are You」完結済み 全50話

50
バラは赤い、スミレは青い、お砂糖は甘い、そうして君も……。 一九六三年ミズーリ。代々トウモロコシ農家を営むベンの住む田舎町へやって来たハンナは、初対面でズケズケものを言う嫌味な…
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#ベトナム戦争

「&So Are You」第一話

「&So Are You」第一話

プロローグ
 照りつける太陽の光が、僕の背中をローストターキーの表面のようにこんがりと焼きつける。
 目前に広がる湖面には零れんばかりの光の粒が溢れ、宝石箱を埋め尽くしたダイヤモンドみたいに煌めいていた。

 この場所で共に長い時を過ごした僕たちは、なにひとつ色褪せることなく同じ輝きを放っているはずだ。
 すべてあの頃のままに。

 そうして君も、あの日のキラキラした笑顔のままで……。

 耳を澄

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「&So Are You」第二話

「&So Are You」第二話

第一章 Missouri,1963 Summerポイズンド・ポップコーン

 今日みたいに蒸し暑い一九六三年のある日に、君はこのミズーリ州の名前も忘れ去られるほどなにもない退屈な田舎町へとやって来た。その頃のアメリカはベトナムの反戦運動が活発で、ラジオから流れるニュースといえばそんな話ばかり。

 アメリカ中が関心を持っていたそんな騒ぎの中でも、この町の人たちは別世界の話のように聞き流しているだけ

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「&So Are You」第二十二話

「&So Are You」第二十二話

誓い

「良い? この戦争にはアメリカの正義などどこにもないのよ? たとえこの戦争に勝ったとしても、アメリカはいずれ他の国から非難を浴び続けることになるわ! そんな無意味な戦いに、ベン、あなたが駆り出されて命でも失うことになったら馬鹿げてるわ!」

 ハンナは振り返ると、激しく僕の肩を揺らした。

「逃げることと臆病なこととはまったく違うのよ! あなたのそのきれいな心を、国の利権のために汚されたく

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「&So Are You」第二十八話

「&So Are You」第二十八話

少年兵のリボン

 乾いた射出音を辿って茂みを進むと、棒立ちでマシンガンを乱射する孤立兵を発見した。

 グライムス軍曹が周辺を警戒しろと指示を出すが、辺りに他の敵兵は見当たらない。兵士は血に染まった片腕を垂らしており、負傷で錯乱しているかと思われた。

「姿勢を低くして挟みうちにするぞ! エーカーと俺は左! お前たちは右側から回り込め!」

 軍曹の指示で二手に別れて匍匐で進む。大きな木の裏まで

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「&So Are You」第二十九話

「&So Are You」第二十九話

ドッグタグ

 君は、僕に「すべてを失う」と言っていたね。あのときの僕は、その意味がまったく理解できていなかったけれど、今になってようやくその言葉の重みがわかるようだ。

「すべてを失う」とは「命」のことなんかじゃなかった。この戦争で、僕は自分を含め同胞たちの命を何度も失いかけたし、実際に失った。でもそれだけじゃない。今の僕は人格すら失いかけている。

 戦争という名の大義名分に従い、これから僕は

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「&So Are You」第三十一話

「&So Are You」第三十一話

パープルハート

 もうすぐ新たな年を迎えようというのに、僕たちは相変わらず雨の冷たいジャングルを徘徊し、穴を掘っては泥水の中で眠れない毎日を過ごしていた。ベトナムへやって来て四ヶ月余り、交戦を経験するたびに死への恐怖は膨れ上がる。

 最近、一部でもっぱら噂されている話がある。後方から復帰したグレッグもしきりに口にしていた。

 ――それがパープルハートだ。

 士気が下がりきった今では、ほとん

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「&So Are You」第三十二話

「&So Are You」第三十二話

非道なゲーム

 一九六五年を迎えた、まだ闇深い未明――本部から北の兵士がこちらへ移動する動きがあるとの情報が入った。僕たちは叩き起こされ、エリック・ガーナー中尉が軍曹らに指示を出す。

「この場所に地雷を設置して二〇〇ヤード下がり境界線にする。一班と二班は側面で待ち伏せ、敵が来たらここへ誘導しろ!」

 そのとき、マシンガンの銃声と砲撃音が轟き次々と悲鳴が上がった。
 
 銃声と叫び声がすぐ近く

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「&So Are You」第三十三話

「&So Are You」第三十三話

故郷へのトリガー

 激しいゲリラ戦によって、僕たちの陣形はばらばらになる。作戦もなにも、すでにほとんどの指示系統が失われ、ただ場当たり的に敵を見つけ殺していくだけだった。

 単発の銃声がぽつぽつと響いていた。深手を追って逃げ損ねた敵兵士にとどめを刺している音だ。いくら銃声に慣れていてもこの音には耳を塞ぎたくなる。

 命の燈火を消す最期の音は、混戦中の音よりも遥かにクリアに届いて耳に障った。

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「&So Are You」第三十四話

「&So Are You」第三十四話

内通する村

 ベトナムの地を六ヶ月生き延びた僕たちに与えられた祖国からのご褒美は、たった一週間の休暇だけだった。

 休暇が近づいたある日、本部からの無線で北と繋がっていると思われる人物が近くの村に出入りしているという情報が入り、僕たちはその村を目指した。

 古ぼけた小さな村に暮らしていたのは、ほとんどが老人と女子供たちだった。村に入った僕たちは、手あたり次第に捜索を始める。ベトコンと繋がる証

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「&So Are You」第三十五話

「&So Are You」第三十五話

シンローイ

 村は巨大な焚火と化して熱煙を空へ轟かせていたが、家畜小屋が一棟だけ焼き払われずに残っていた。食糧となる豚を移動させてから処理するつもりなのだろう。

 フィックスが歩を緩め、姿勢を低くしろと指で合図する。それに従い壁に張り付き、逆サイドから家畜小屋の手前の茂みへと滑り込んだ。この位置からではなにも見えず、豚の鳴き声以外なにも聞こえない。

 フィックスが銃を構えたまま壁に背を添わせ

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「&So Are You」第三十六話

「&So Are You」第三十六話

ハンナからの手紙

 ベン、あなたが言う通り、この戦争は無価値で無意味なものよ。

 そしてその大きな代償を払わされるのは、この国の政治家たちではなく、前線で戦うあなたたち。

 あなたが今まさに見ているように、共産主義を目指すベトナムに対して、自分たちの都合だけで民主主義を彼等に押しつけようとするアメリカのふるまいは、ベトナムに暮らす人々にとって、ただの侵略行為でしかないわ。

 そしてあなたが

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「&So Are You」第三十七話

「&So Are You」第三十七話

乾杯の音頭

 君から貰った手紙の内容をグレッグに話したとき、彼は複雑な顔をしていた。

 あの村での一件以来、僕たちはお互いにギクシャクとしたままで、見えない壁のようなものを感じ、以前のように打ち解けて話し合うなんてことはすっかりなくなっていた。

 それでもグレッグは、病気を克服するために君が治療に専念する決心をしたと知ると、とても勇気のある決断だと喜んだ。

 それは僕も同じ気持ちだ。

 

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「&So Are You」第三十八話

「&So Are You」第三十八話

初めての休暇(Thailand,1965)

 ここベトナムで六ヶ月生き延びた僕たちは、待ちに待った休暇をタイで過ごしていた。

 銃声や砲撃音の届かない場所なら、この際どこだって構わなかった。海の見えるバーで毎日のようにアルコールを飲み、生きている実感を満喫する。

 夕暮れ時、薄紅に染まる海を眺めていると、グレッグがビールを煽りながらつぶやいた。

「ベン、あんなこと言って悪かったな……」

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「&So Are You」第三十九話

「&So Are You」第三十九話

狂気への帰還

 休暇はあっという間に過ぎ去り、また地獄の日常へと戻っていく。義務期間を終えて国に帰った者や、僕たちの休暇中に戦死した者、補充で入ってきた新兵、変わらない古株たちの待つ戦場へ。そしてまた、狂気に満ちたこのベトナムのジャングルを、歩き回るために。

「よお! グレッグ! 帰ってきたな!」

 キャンプに着いた僕たちを見つけると、さっそくデクスターが駆け寄ってきた。

「ああ……戻った

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