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私の進路と死③─東京へ─

 旅に出てから2日目の朝。上野東京ラインに沿って、自転車を漕いでいた。

「やっぱり旅って、いいね」

 旅はいい。見知らぬ風景を見たり、知らなかったことを知ることができたり。そんな経験、修学旅行以外でしたことがなかったから、とても新鮮に感じられた。

 普段私は、半径5キロ圏内で生きている。隣町にあるブックオフやハードオフという例外を除けば。

 平日は学校と家を行き来するだけ。帰りにコンビニへ寄ったり、近くのマックや喫茶店に寄ったりすることもない。休みは休みで、多田くんの家に行くか、もしくは図書館か近くのスーパーのイートインで読書をするくらい。下手したら、家から一歩も出ないこともある。

 だからだろうか、ちょっとした町の変化すらも敏感に感じてしまうのだ。

 たとえば、さっきまでいた藤沢と今走っている鎌倉は同じ神奈川県になるのだが、微妙に雰囲気が違う。どちらも「おしゃれ」ではあるのだが、質が少し違うのだ。藤沢は若者向けのポップな感じ。対する鎌倉は、藤沢と同じく若者向けのポップな感じもある。けれども、かつて武家政権の中心地が置かれた場所ということもあってか、どこか雅やかな感じがする。

 こうした町の持つ微妙な雰囲気の差は、個性的な街であるほど、強く感じるものだ。これから向かう東京では、こうした感覚を数キロ単位で味わうことになるのだろう。

「さて、どんどん進みますか」

 私は朝の冷たい町の中にある道を進んでいった。行政区分を示す標識は、鎌倉市から横浜市へと変わっていた。東京を目指す旅は着実に進んでいる。


 横浜、川崎を経由して多摩川を渡り、東京へと入った。蒲田や品川の辺りまではあまり東京へと入った実感があまりしなかった。だが、港区に入ってからそれは一変した。

 首都高に高層ビル、おしゃれなカフェ、歩道を往来する数多の人たち。お昼のテレビニュースで出てくる「東京」のイメージそのものだった。やっぱり大都会東京は違う。

 途中道に迷ったり、赤羽橋で東京タワーの写真を撮ったり、国会議事堂の目の前を通ったりしながら、東京駅を目指した。


 東京駅へ着いたのは、東の空の藍色が濃くなりはじめた時分だった。皇居の大手門へと続く行幸通りの樹木は、LEDの電飾が施され青や紫、赤、緑、黄色に輝いている。その下をカップルたちは、手を繋いで嬉しそうに歩いたり、ベンチで楽しそうに話したりしている。それと同じくらいに、黒いコートを着たビジネスマンたちがひっきりなしに往来している。

 その中で一人寂しく、私は自転車を押しながら歩いていた。

(それにしても、イルミネーションきれい)

 イチャつくカップルを度外視して、私はカメラを片手に写真を撮っていた。皇居から東京駅に向けて続く大通りの銀杏並木と電飾で彩られた木々の。

 東京駅の駅舎の前に来た。都会っぽいそれではなく、煉瓦造りの駅舎だ。

 駅舎には、また違った形のライトアップが施されていた。

 窓から漏れる明かりや大通りにあるガス灯のような街灯が、洋風の駅舎を照らしている。お昼時に見る東京駅もベルサイユ宮殿のように華麗で荘厳だけれど、そこに夜の明かりが加わると、なおさらそう感じてしまう。

「きれいだから撮ろ」

 ウエストポーチにしまっていたカメラを出した私は、ライトアップされた東京駅の写真を撮った。

 その後丸の内や神田の街を見ながら、山手線の線路をたどって秋葉原を目指し、駅の近くにあったネットカフェで夜の寒さをしのいだ。


 ネットカフェの中で、私はブログのアカウントを作った。

 ブログの題名は、『流浪人の旅日記』。

 内容は、その日旅で行った場所の写真や感じたことを書くというもの。

 2013年12月4日。
 この日私の旅ははじまった。行くあてのない旅が。
 寒い中自転車を漕いで、神奈川からまずは東京へ向かった。
 藤沢を経由して鎌倉へと向かった。
 海がきれいだった。
 鎌倉の大仏のある高徳院に行った。中へ入れることを知ったときは、少し衝撃を受けたな。

 鶴岡八幡宮も行った。
 写真集や雑誌でしか見たことがなかったけど、やっぱり本物はきれいだった。
 写真を撮っているときに神社の人に話しかけられた。源実朝とか公暁の話を聞かされた。
 正直私は何もわからなかった。歴史の勉強なんて、ろくにしていないから。もっと歴史の勉強しとけばよかったと思った。
 わからないながらにも、由緒正しい神社なんだなということは、なんとなくわかった。
 腹切りやぐらにも行った。
 雑誌とかで見聞きするような怖さとか、そうしたものは感じない静かな場所だった。
 藤沢へと引き返すとき、時間を持て余していたので円覚寺へと向かった。
 お堂へと入って庭を見てきた。
 庭を眺めていると、なんだか今まで考えていたことがばからしくなってきた。これがある種の達観の境地なのだろうか。

 2013年12月5日。
 今日は鎌倉から東京に来た。
 蒲田や大森、品川の辺りは東京って感じがしなかったな。まだ神奈川にいるような感じ。けれども、東京にいるという感覚が、不思議でたまらなかった。

 港区に入ってからやっと、東京に来たと感じた。
 おしゃれなカフェとか、人がたくさん歩いてるところとか。
 テレビでしか見たことがないけど、本当だったんだなと思った。
 秋葉原を目指して走った。途中で道に迷った。けど、東京タワーとか国会議事堂、靖国神社も見れたし、何とか東京駅に着けたからよかったな。
 東京駅のイルミネーションきれいだった。あんなところで、2人きりでデートとかしてみたら、最高だろうな。
 そして何より、ライトアップされた駅舎がきれいだった。フランスとかの宮殿を見ているみたいで。

「さて、日記も書いたし寝ようかな」

 こんな感じで、昨日の鎌倉巡りや東京へ行くまでの道中を記した。この前撮った写真も記事に添えて。もちろん、今日撮った東京タワーや東京駅の写真もある。その後ログアウトとPCのシャットダウンをし、寝転がって毛布をかけた。

 まだまだ鎌倉と東京のことしか書いていない。けれども、この日記にはこれから、どんどん行った場所感じたことの記録が増えていく。そう考えると、なんだか楽しくてワクワクする気分になってくる。

 文章書いていてこんなに楽しい気分になったのは初めてのことだった。

 学校では作文を書くこともあった。そのときは必ず、誤字脱字や文章の間違いを指摘されて真っ赤になった状態で返ってきた。先生によっては、書く内容にすら文句をつけてくることもあった。真っ赤な字で埋め尽くされた原稿用紙を見ては、

「文章書くの面倒くさいな。それに書きたいことも書けないから窮屈」

 と心の中でいつも思っていた。

 でも、今は自由に何でも書ける。自分の思ったこと感じたことを誰にも邪魔されずに。

「明日はどんな感じで仕上がるんだろうな……」

 そんなことを考えながら目を閉じ、私は眠りについた。


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