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告白[短編]

「先生、付き合ってる人いますか?」
ノートに英文を書きながら、こちらを見ることもなくあなたが言った。
「珍しいね、勉強と関係ない話するの。」
「いるんですね。」
「集中しないとスペル間違えるよ。」
「いいなぁ。」
「…どうしたの今日。」
「別に、どうもしません。けど、」
書く手が止まり、ふくれっ面のあなたがこちらを見た。
「先生の恋人が羨ましいです。」
それだけ言ってサッと顔を背けたあなたは、再び英文に集中した。
しばし呆気に取られたものの、私はいつも通り、あなたの手が止まった時にだけ解釈のアシストをした。

「さっきの話だけど。」
今日の分の課題を終えた、あなたの横顔に話し掛ける。あなたはゆっくり瞬きをして私を見た。
「私がちょっと歳上の家庭教師だから、良く見えるだけだよ。よくあることだと思う。」
あなたは少し眉間に皺を寄せて、
「家庭教師である先生のことだけを、良いと思ってるわけじゃないです。」
と言った。
「それは、どういうこと?」
あなたは私から視線を外し、静かに話した。
「先生を初めて見たのは、駅の向こうのカフェで、隣の人が置きっぱなしにしたトレイを、ついでに片付けていました。親切な人だなぁと思って、よく覚えていたんです。その次は電車の中で、痴漢に遭っている私を、さりげなく助けてくれました。混んでいたし、先生は先に降りてしまったから、きちんとお礼を言えなかった。その次は、駅ビルの本屋さんで見かけました。先生の顔を見たらなんだか安心して、あったかい気持ちになりました。本当はその時にお礼を言いたかったけれど、私のことを覚えていないかもしれないし、勇気が出なくて話しかけられませんでした。でもその後、家庭教師としてうちに来たのが、先生だったんです。」
あなたは小さな声で
「これって運命かもしれない、と思ってしまいました。」
と言った。俯いたままの頬が、耳が、薄く桃色に染まっている。
あなたからの思わぬ告白に、私は言えることと言えないことを整理できなくて情けなかった。
「うーんと、それは…」
「でも、先生に付き合ってる人がいるなら、運命じゃなかったってことですよね。」
あなたは口早にそう言ったかと思うと、ハッと顔を上げて
「変なこと言ってすみません。あの、受験が終わるまでは、私の先生でいてください。辞めないで、お願い。」
と言った。いつもの淡々としているあなたとは違い、必死な様子が可愛らしいと思った。不覚にも。
「辞めません。受験が終わるまで、私はあなたの先生です。」
私ははっきりとそう答えた。

それから、私たちはまた勉強に集中した。
あなたは無事志望大学に合格し、私の後輩となった。

正直に言う。
当時、付き合っている人はいなかった。

ある日、電車の中で痴漢に遭っているあなたを見つけた。混んでいる事を利用して間に割り込み、その行為を阻止することぐらいしか、私にはできなかった。
それからも、たまに同じ車両に乗っているのは知っていた。
あなたには、人を寄せ付けないような意志の強さと、ひとりで強くあろうとするからこそ、守ってあげたいような儚さがあった。
あなたを見かけた日は、あたたかい気持ちになっている自分に気が付いた。
だけどそれだけ。声などかけようものなら、痴漢をした不審人物と同じになりかねない。

その後すぐのことだ。
家庭教師のアルバイトで新規の派遣先が決まり、初日の挨拶に行くと、そこにはあなたがいた。

運命なのかもしれない、と思った。

私はその日に心に決めたことがあった。
あなたの受験が終わるまでは、何があっても先生のままでいると。
あなたの合格がわかった日は、心の底から安堵した。

あれからもうすぐ一年経つね。



ずっと、あなたのことが好きでした。
私の恋人になってくれませんか?


——告白—— おわり


Happy Valentine♥️

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