見出し画像

きょうだい児(者)×元教員の目線から見たインクルーシブ教育について思うこと。

インクルーシブ教育は
希望であり、苦痛である。

と経験から思う。

制度がないのにインクルーシブなんて、
ただの放任じゃないのか。

個別の支援のほうが、ひとりひとりの成長を促せるのではないか。

いやでも。

インクルーシブだったら助けられることもあるんじゃないか。

誰がたすかる?
支援される子?
その周りの子?
それとも担任の先生?

考えれば考えるほどわけがわからん。

--------------------

哲学ゼミで「インクルーシブ教育」について対話したことを受けてゼミページに載せた感想を、一部改変してこちらにもアップします。

インクルーシブ教育のよさ、可能性、インテグレーションとの違い、合理的配慮、配慮することで評価の正当性は?というようなことが議論になりました。

保護者の目線からの語り、教員としての立場からの語り、様々な語りの間で板挟みになった心のぐちゃぐちゃを整理したものです。

______________________________________________________________

私の兄には知的障害があります。
しょうがいがある子の兄妹のことを「きょうだい児」といい、わたしもその立場にあたります。

そして、私は昨年の3月まで常勤講師として、小学校で担任をしていました。クラスには発達障害のグレーゾーンにあたるような児童もいました。

そのような経験から、今回の対話の中で様々な思いを抱きました。


①きょうだい児の立場から思うこと

今の学校(特別支援学級)はインクルーシブな環境とはいえないと思います。そもそも通常学級と特別支援学級の教室が離れていることが多く、そこから日常で支援級の子と通常級の子の関わりがなかなか生まれない。(安全面や落ち着ける環境を作るためにという配慮という推測。)
交流授業には参加するものの、いつも一緒にいないので子どもたちも関わり方が分からず、「お客様」状態になってしまう。
とはいえ、兄と自然と仲良くしてくれる子もいたのも事実です。

ただ、私の学年には特別支援学級の子がいなかったので、私の同級生は、私の兄のことをもの珍しくみていたり、すこし茶化すようなことを言われたりもありました。
当事者性が薄ければ薄いほど偏見や差別がうまれていくのだと今は思います。

もし兄が特別支援学級ではなく通常学級に当たり前にいたら、そのようなことはなかったかもしれません。

その一方、特別支援学級ではほぼマンツーマンで熱心に先生が指導をしてくれていた様子は宿題や日記、写真などを見て感じていました。
そしてきょうだい児である私のことも、支援級の先生はとても気にかけてくださっていました。なので支援級だったからできるようになったこともたくさんあったと思います。
評価に関しては、すべての教科が文章で記されていて、何を学び、何ができるようになったかがよくわかるようになっていました。


②元教員の立場から思うこと

まず私には知識も経験も熱意も足りなかった、というのが心の中でずっと渦巻いている思いです。もっと勉強していれば、もっと経験があれば、もっとしんどい子も含めて一緒に成長させようという思いがあれば、すべての子がハッピーに過ごすことができたのでは、、と。

その一方で学校の制度上の問題や環境の問題から、担任ひとりでは難しかった、ということも感じています。

私の前勤務校(各学年約3クラスの規模)には、支援員さんが4人いて、1年生に2人、2年生に1人、支援級に1人という配置でした。たぶん市の予算で雇われているのだと思います。

その人数がもっとたくさんいたら、各クラスにせめて1人いたら、と思います。
が、それを学校の独自の判断で追加することは難しいのだろうと感じています。

私が担任したクラスに診断がついている児童はいませんでしが、特別に配慮が必要だろうという児童は何人もいました。
ただ担任一人で30人を見ている中で、特別に配慮するということが、新米の私にはどうすればいいのかわかりませんでした。

支援員さんが入ってくださることで、なんとかグレーゾーンの子も一緒に授業に参加できていましたが、どうしても一人のときは、置き去りになってしまうことがありました。

とてももどかしい思いでいっぱいでした。

評価についても、支援の必要な子の中でも、きらりと光るものがたくさん見えたり、できるようになったこともたくさんありました。それでもほかの児童と比べるとそれは「できて当たり前」になってしまう。

絶対評価とうたいながらも、学年である程度の評価基準をもうけねばならないので、半数以上の児童が難なく「できる」基準に達していなければ、上の評価を出すわけにはいかない。
いつも3段階の下の評価にとどまってしまう、、。数値評価の難しさと苦しさからずっと逃げたかった2年間でした、、。

そんな中でも子どもたちは、私から何も言わなくても、支援がいる子に対して自然に手を差し伸べたり、一緒に遊んだり、その子の良さを知ってくれていました。その子の苦手も、その対処も、私以上に知っていたり上手に関わる子どもたちがたくさんいました。
これこそがインクルーシブだな、とひしひしと感じていました。
その姿はわたしにとってとても忘れられない光景です。


今教員という立場を経験して、もっと勉強したい!と感じます。
一方で、そういえば、教員養成学部の時代に、ここまで悩んで、対話して、知識を出し合うことをしていたのだろうか? ?という疑問もわきました。
評価について何か話をしたことなんであっただろうか?
通常級と特別支援学級のことについてここまで議論していただろうか?


自分の中でまだまだ答えが出るわけではないですが、そのようなことを先日の対話から思いました。
もっともっと誰もが過ごしやすく、互いに補い合えるような関係を築ける場所になればいいな、というのが私の公教育への願いです。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?