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Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(17)



17:かぐら、玉響に涙す




材木座「きこり食堂」


ここは鎌倉も地元民が主に利用しているレストランだと小舞千さんが言う。
ここのテラスからは材木座海岸が一望出来て中々穴場なスポットなのだとか。



確かに。



景色はかなり綺麗だし、中々に広い。
しかも、料理は1300円ほどで全部のせとかいう、海・山の幸とお肉が豪華に乗ったプレートが切株に乗ってくるから唖然とした。
山盛りのプレートに、それを乗せる切株の重さたるや凄いだろうと、従業員さんも尊敬した。
何かコツがあるのだろう。

しかし。

朝ご飯もそこそこ食べて今現在11:00ジャスト。
9:30に六角の井で、ここに来るまで15分に満たないというのに
どうしてもと言うので何と神様を材木座海岸で遊ばせてからここに来ると言うとんでもないカオスになっている。
烏天狗と狐少女も漫画で表すなら目が映ろで“チーン”と聞こえてきそうだ。
完全に孫と遊んだじいさんばあさんである。
子龍だけが元気だ。

何故彼らが相手をしていたかと言うと、理由は二つある。
1つは皆の目に見えない何かと遊ぶのは大分ヤバいだろうということ。
自分と小舞千さんが見えない何かを目で追いながら言葉を放っていたら誰もが気味悪がって悪目立ちする。
それだけは色々と無理だ。痛すぎる。

2つ目は、自分が小舞千さんから絵巻師の仕事のやり方を教わっていたので悪い言い方だが、子龍が邪魔しないようにと面倒を見てくれていたようだ。

そのことをふと、料理が来る前から自分はまだ痛む、子龍の形をした紫色の痣をさすりながら思い出していた。





「いいですか佐竹さん。使う道具はこれと、これだけです」
「巻物と・・・筆、ですよね・・・」

小舞千さんはそう言いながら自分に益興(ますおき)のとは違う真新しい巻物と筆をくれた。

「この巻物と筆は代々先代が後継のために作って新しいものを与えるというしきたりになっています。本来ならおじいちゃんから佐竹さんに渡されるのですが、今回は使う瞬間もあるだろうと少し前後してしまいますが借りてきました。後日おじ・・・祖父から受け取ってください。大事な儀式です」

途中、しぜんとおじいちゃんと言っていたのが祖父と言い直した小舞千の耳と頬は少し赤かった。

目の前の海の眩しさから目を細めながらその巻物を手に取る。
白い手から渡されるその真新しい緑の巻物には華絵巻師の家紋が畳のように模様が刻まれている。筆も携帯用のもののようで、かなりしっかりしたステンレスかなにかの素材の雲や唐草模様だとか牡丹だとか鳥だとかが芸術的にあしらわれている。
換金するととんでもない金額になりそうだ。

・・・

例えばの話なので本気にしないで欲しい。


「分かりました。今日何かできるか分かりませんがお借りいたします」
「それで絵巻師はここに文字を書きながら挿絵も入れて行きます。そうして一人の・・・または複数の生きとし生けるものの生の絵巻を書き連ね、完成させる。それが、絵巻師の仕事です」


その瞬間、体の中から表皮に向かってザワリと粟立ち、鳥肌が立った。
これが何かは分からないが、何かが心の奥でピースがはまった音がした。
腕の鳥肌を撫でると小舞千さんが“魂は覚えているはずです”と、カッコいいことを言った。
しかし、そうかもしれないという予感だけはあった。

「生きとし生けるもの・・・その生きたドラマを書いていく・・・。ですか。しかし、どうやって・・・」
「実際その現場を歩いたり、遠ければ遠隔だとか夢だとかでその生を追っていくことになりますが、その相手の状況や霊力などによって伝わり方に差がありますので、ほぼ謎解きのようになります。今だってキーワードから絞り込んでこうして歩いていますし」



確かに。



ということは、その頼ってきたものの人生を辿って時間をかけて書いていくということになるのだろうか?

東北なんてことになったら交通料金などがいくらあっても足りないではないか。自分の給料はこの年代にしたら普通よりいい方の金額を頂いて・・・



ーあ、職を辞めるんだったな・・・。



本当だろうか?
自分本当に仕事辞めるんだろうか?



「あ、それから筆ですけど・・・」



彼女と少し脱線しながら自分の仕事状況の話をしていると、ふいに小舞千さんがそう切り出して自分も頭を切り替え顔を上げた。





砂浜に張り出すコンクリートの防波堤に腰かけ、
海も見ず互いを見つめ合ってしまった。

会話が途切れ、息をのむ。
遥か太平洋から吹く潮風になびく女性の髪、
眩し気にやや伏せ気味の長いまつげ。
間近な輝く瞳に言葉がなかなか出てこなかった。




「あ、えと・・・ふ、筆がぁだぁあああああッッ?!

「かぐらぁああああああ!!!!」




顔面に思いきり何かがぶち当たってきた。
音も凄い。バキィって言った。
目の横の頭蓋骨が陥没したかと思った。
とりあえず、眼鏡は遥か下の砂浜に落下した。

こ、子龍くぅんんん・・・ダメじゃないか・・・顔に当たったら・・・。人間は脆い生き物なんだ・・・痛いことしたらダメだぞ・・・」

烏天狗が眼鏡を持ってきてくれた。
他の人には浮かんでいるように見えるのだろうか?
しかし、今はそんなこと気にすることができないほどの痛みと衝撃に耐えている。

「神楽。でも僕、烏天狗に意地悪された。あと、お腹空いた」
「烏天狗・・・」
「違う違う誤解だ!そいつが・・・じゃない、その方が太平洋を飛んで行っちまいそうになって止めたんだよ!」
「ちょっとあっちの島まで行ってみようと思っただけだもん!!」



ー大島までちょっと行ってみようと思ったのかよ・・・。神やべぇ。



「そんなのちょっとじゃないんですよ!帰りどうするんですか!」
「五月蠅いガミガミ鳥!阿呆カラス!!真っ黒じじい!!」
「神楽!!このお方を五頭龍様の元へ熨斗つけて丁重に送り返しやがれ!!!」

頭が痛い・・・。
物理的に顔も痛い・・・。


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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。