2024年5月の記事一覧
【創作】腐れ縁だから|#青ブラ文学部(約4700字)
「なんで、あなたがここにいるの?!」
社食でAランチを頼み、座って食べるための席を探していた。混んでいたので「相席してもいいですか?失礼します」と相手の顔を見たら… 知った顔の男性だった。幼馴染というか元同級生というかなんと呼んだらよいのかわからないが、そういう関係だ。
「それはこっちのセリフだよ。お前、いつからこの会社にいたんだ?全然知らなかったよ。俺はもう食べ終わったから、ここ使っていいぞ
古代ギリシャ。その地で生きて暮らしていた一人の女性。
港を見下ろす小高い丘の上に、その女性は立っていた。港を見下ろし、何をするでもなく今日も一日が過ぎた。「今日も帰って来なかった……」明るい日差しと乾燥した土地。サンダルを履いた足は土埃にまみれていた。その女性は毎日その場所で誰かが帰るのを待っていた。身なりをかまわない、痩せた女。身に付けている服は汚れて傷んでおり、髪も乱れていた。元は美しい金髪だったようだが、今は見る影もない蓬髪。どうもその女は気が
もっとみる雨・レクイエム・最終章
咲良が、不忍池で、凶器と思われる和かみそりを発見したころ、埜瀬警部は、保安課の課長から、
「先日、ある女性を取り調べたんだが、例の不忍池の事件と関連があるかもしれない」
と聞いた。
その女性とは、埜瀬が注目している、あの伯爵夫人だった。保安課で、ダンスホール事件を捜査中に、この夫人が違法賭博にも関与しているという情報を得て、召喚したのだが、そのとき、彼女が、
「わたしは、女たちに、ダンサーを
雨・レクイエム・其の肆
一か月ほどまえ。
東京に名残雪が舞った日、ピアノリサイタルの準備に忙殺されていた和乃のもとへ、一通の手紙が、届いた。差出人は「雪村千春」。知らない名前である。手紙を読んで、和乃は、愕然とした。いまのいままで、和乃は、自分に妹のいることを知らなかった。
妹は、うまれてまもなく、流行病で亡くなり、母は、そのつらさに耐えられず、実家に戻って、その後病死したと、父・敬一郎から聞かされていたからである
雨・レクイエム・其の参
上野・不忍池は、すでに午後の陽が傾きはじめている。埜瀬警部は、検視医とともに、弁天島の橋のたもとで、池から引き上げられた遺体の検視中だった。
龍之介たちは、そこから少し離れた場所で、見物人たちにまじって、その様子を見ていた。
検視をおえた埜瀬が、龍之介と小文たちに気づいて、近くへやってきた。
「龍さん、どうしてここへ?」
埜瀬に聞かれて、
「千春さんが亡くなった不忍池で、今度は、ダンサーの
雨・レクイエム・其の弐
埜瀬治之警部が、警視庁にもどると、刑事部捜査第一課の神保(じんぼ)課長から呼ばれた。
「内務省警保局からの強い要請で、いよいよ、市内のダンスホールへの取締りを、強化することになった」
と課長が言った。
「その証拠集めに、人手がいる。君も、保安課へ、応援に行ってくれ。不良少年係も人手が足りないらしい」
「課長」
埜瀬が言った。
「しかし、市内のダンスホールには、上流階級のご婦人方が、多数出入
雨・レクイエム・其の壱
墨堤(ぼくてい)の桜が、ちらほら咲きはじめ、あたたかな日差しが降りそそいでいる、三月の終わりころ。花見客は、まだ少ないが、浅草寺さんへ参詣したあと、墨田川の堤を散歩する人々の姿がふえた。
その日、龍之介は、自宅のある田端から省線の電車に乗って、上野駅で降りた。神田神保町の古書店から、探していた古本が見つかったという連絡があり、市内へでかけてきたのである。
この時代の男にしては、龍之介は長身で