マガジンのカバー画像

小説の掃き溜め

12
猫宮の創作物
運営しているクリエイター

記事一覧

ほろよい フルーツサングリア

ほろよい フルーツサングリア

 「ほろよい フルーツサングリア」

 口に出すと気持ちがいい。4、4、5のリズム。
 コンビニで買ってきたたった3%のアルコールに酔いながら、部屋でなんとなくテレビをつける。彼氏が「俺の恋人なら健康的な生活をしてくれないと悲しい」と今考えればモラハラまがいなことを言ったので、私は1年以上お酒を飲んでいなかった。こんな、深夜2時に飲むなんてもっての外だ。

 今お酒を飲んでいるのは、彼氏と大喧嘩を

もっとみる
硝子のような片想い

硝子のような片想い

 窓硝子を弾くと、こきんと冷たい音がした。

 窓の外は晴れていて、もう抜け落ちかけた橙色の葉が風に揺れているのが見える。ここから見える世界は暖かそうな陽だまりに包まれているのに、指先に触れた窓硝子は冷たかった。

「外見てどうしたの?」

 彼が両手に持ったグラスにはレモネードが入っていた。彼の歩幅に合わせて透けたイエローの水面が、上下に揺れている。四角い氷がグラスの淵にぶつかって、からかろと鈴

もっとみる
こういうところが、

こういうところが、

 彼氏ができたらしい。

 友達からの連絡はあからさまに減って、不意に連絡を寄越したと思えば惚気か愚痴を言いたいだけ言って勝手に満足する。思い返せば昔から、好き勝手して生きている自由なやつだった。

 そういうところが好きだった。

 彼氏ができたと嬉しそうに話す彼女は、前にあった時からリップが変わっていた。

 前までは薔薇みたいに真っ赤な唇をしていたのに、今は薄いピンク色を付けている。
 前ま

もっとみる
甘味と苦味

甘味と苦味

 先輩は、「頑張れ」を言わない人だ。

 それに気がついたのは、就職したばかりの新卒一年目の時。酒の席で、私はなんとなく酔っていて、先輩もうっすらと頬を赤く染めていた。

 私は新入社員にしては成績優秀で、上司からは期待を込めて「もっと頑張ってけよ」と言われた。私は、期待が嬉しくて「はい! 頑張ります!」と溌剌に言っていた。
 
「もう十分頑張ってるよ」

 ざわめきの中で、私にだけ聞こえるくらい

もっとみる

違法の冷蔵庫

 我が家には違法の冷蔵庫がある。

 母が「あの冷蔵庫は悪い犯罪者なの」と意味不明な嘘を私に教えたがために、私は我が家の冷蔵庫を『違法の冷蔵庫』と呼んでいる。
 実際はただの鍵付き冷蔵庫。父は酒を飲むと気が大きくなる人で、ある日泥酔した父がヤクザに喧嘩を売って腕を怪我して帰ってきた。母は泣いていた。その日から冷蔵庫に鍵がついた。

 現在、我が家は母と私の2人家族。父は失踪した。新しい女でも出来た

もっとみる
吠えぬ負け犬

吠えぬ負け犬

天才を詰る凡人の話です
1,500字程度です

 自分には才能がないと歌う歌。
 自分は負け犬だと歌う歌。
 自分は人をなぞるしか能のない無能だと語る歌。

 それに同調して、天才のひとかけらを齧ったつもりになって自己満足に浸るクソみたいな有象無象。自分の無力感だとか、虚しさだとか、寂しさだとか、そういうものをテーマに作る歌はよく売れる。みんなが抱えている感情だからだ。天才が一般人の持つ感情を丁寧

もっとみる

不安誘発系彼氏

 大事にするから、と告白されて、事実、かなり大事にされている。不器用な彼は不器用なりに目一杯優しい。ぎこちなく車道側を歩いて、ぎこちなく手を取る。

 けれど彼は、ぎこちないばかりではない。

 例えば電車で、私が他の人にぶつからないように壁になってくれたり、少し肌寒いと思ったらさりげなく上着を貸してくれたり、小さな怪我をしたら慌てて絆創膏を貼ってくれたり、そういう行為にはぎこちなさがなくて、本来

もっとみる

 窓の向こう、もう夏が近いにも関わらず早めに夜の帳の落ちた暗い世界から、雨粒の叩きつける音がしていた。君が貸してくれた傘半分は、僕と君の体を雨から守るには小さすぎて、肩が冷たい。

 「お前今日の降水確率見てなかったの?」と、君が不機嫌そうな声で傘に入れてくれたのを思い出して、なんだか溜息が出た。

 君は、くだらないことでよく怒る。

 傘を忘れたら「天気予報見てないの」と怒る
 課題をしないで

もっとみる
金持ちジュリエット

金持ちジュリエット

 ハイスペバリキャリ金持ちジュリエットは、黒縁眼鏡の向こうから鋭い眼光を光らせます。相対するロミオは溜息を吐きました。

「ジュリエット、どうして僕に執着するの?」

「貴方は私の運命だから」

「確かに君はジュリエットで僕はロミオ。運命みたいな名前だけど……僕は万年雑用。君は社長令嬢でありながら現場に出てひと月にして業績トップ。釣り合わない」

「私が働くから、貴方には家を守って欲しいの。貴方の

もっとみる
しゃべるピアノ

しゃべるピアノ

 鍵盤を弾く指先はバレエダンサーに似ている。鍵盤の上で指を踊らせながらそう思った。

「よぉアンタ」

 いつも通り最後の音をトチったとき、声がした。
 少年のような声だ。

「誰?」
「ピアノだ。他に誰かいるか?」
「いない」

 なるほど。それじゃあピアノの声か。
 それからピアノは私が弾くたび話しかけてきた。

「今日もうまいな」
「先週より上達してる」
「ずっとオレを弾いてくれよ」
「来週

もっとみる
唐揚げになりたい

唐揚げになりたい

 もしも叶うなら、私は唐揚げになりたかった。

 小さい頃から唐揚げが好き。美味しいから。
 口に放り込んだ時の、いかにも美味しそうな匂い。
 歯を立てるたびにさくと気持ちのいい音を立てる衣。
 噛み締めるほどじゅわりと溢れ出す肉汁。

 お弁当に入ってるだけで嬉しくて思わず口角が上がっちゃう。唐揚げってすごい。
 唐揚げよりも素晴らしいものなんてこの世にはない。

 本気でそう思っていました。

もっとみる

悪魔の溺れ方

 後ろの席の彼は、硝子細工のように繊細で、脆くて、華奢で、噛み潰してしまいたいような色気を持った不思議な少年だった。

 度のキツい眼鏡をしているにも関わらずらレンズ越しでもきちんと存在感のある瞳が、机上でぱらぱらと捲られている本をたしかに追いかける。
 俺が差し出すプリントなんて一瞥もしないで、ひたすらに文章を読み解いている。500円の単行本に没頭する彼のことを眺めるのが、俺は、本当は好きなのだ

もっとみる