唐揚げになりたい
もしも叶うなら、私は唐揚げになりたかった。
小さい頃から唐揚げが好き。美味しいから。
口に放り込んだ時の、いかにも美味しそうな匂い。
歯を立てるたびにさくと気持ちのいい音を立てる衣。
噛み締めるほどじゅわりと溢れ出す肉汁。
お弁当に入ってるだけで嬉しくて思わず口角が上がっちゃう。唐揚げってすごい。
唐揚げよりも素晴らしいものなんてこの世にはない。
本気でそう思っていました。
○○
大学3年生、春。
合コンに誘われて、断ったけれど断りきれずに行くことになりました。好きな人がいるのに合コンに行くってなんか不純じゃない?と誘ってくれた友達に訊いてみたら「ご飯食べに行くだけだから不純じゃないよ」と言われたので、まあいいかと。正直、合コンとはどんなものか、という興味もありました。
変に言い寄られても困るからなあ、なんて自意識過剰な考えがあったので、服は上下ユニクロ。髪は櫛だけ通して後ろでひとつに束ねただけの、絵に描いたようにシンプルな格好で行くことにしました。
結果、それは大失敗でした。
合コンの会場である居酒屋の個室に入った瞬間、私は「あ」と素っ頓狂な声を漏らしてしまいました。
耳あたりで短く切られた茶髪、すっと通った鼻筋、切長で色っぽい目。ゴツゴツした首すじと、筋っぽい手のひら。何回も夢に見たその人が、向かいの席に座っていました。
「あ」
彼も私に気づいたようで、同じような声を溢しました。
一瞬の沈黙の後、私の横に座ろうとしている友達が「知り合い?」と私に囁き声で尋ねました。私は首だけで肯定して、席につきます。友達に自分の想い人が誰であるか教えていなかったことを後悔しました。
横で腰を下ろした友達の首筋から香る、女の子っぽくて甘い香水の匂いに、虚しい劣等感と焦燥感を感じました。
「同じ学部なんだよ、ゼミも一緒。ね」
彼が目を細めながらそう言います。
「うん、びっくりしたあ」
私は「人懐っこく見える」とよく友達から言われる笑顔を貼り付けながら、そう返しました。今更どれだけ取り繕っても、私は上下ユニクロだし、髪だって巻いてすらいないし、アイシャドウだって就活用に買った薄いもの。
周りは私たちのことを「ただの同級生」と認識して、それ以上は詮索されずに合コンは進んでいきました。全員の自己紹介が終わり、とりあえずビールで乾杯して、机に乗ったサラダを女性陣が奪い合いのように取り分けます。
「合コンとか来るんだ、意外かも」
サラダを取り分けた小皿を渡すときに、向かいに座る彼に話しかけられて、ドキドキしながら頷きました。あの時の心臓の音を今でも覚えています。
「初めて来たからちょっと緊張してるよ」
「そうなんだ、たしかに真面目っぽいもんね」
私の返事に、彼が興味なさそうにそう言って、取り分けられたシーザーサラダをもしゃもしゃと食べます。上下ユニクロで黒髪を束ねただけ。化粧も綺麗じゃなくて、香水も振っていない。『真面目っぽい』という言葉が『芋くさい』とほぼ同義なのは私にもわかりました。
「君が来るってわかってたらもうちょっと可愛い格好で来たんだけどね」と言えたらいいのになあと思いながら、結局曖昧に笑って俯くしかできませんでした。
その合コンでは完全に私は『ハズレ』の女で、男の人たちはみんな私以外の女の子にアプローチしているのが丸わかりでした。もちろん、私の好きな彼も。
私は居た堪れなくなって「門限があるからそろそろ帰るね」と断って、私を誘ってくれた友達にお金を渡しました。友達は「私が誘ったんだからいいよ」とお金を返そうとしてきますが、好きな人に「タダ飯食べて帰る人」だなんて思われたくなかったから、無理矢理にでも握らせました。
と言っても、彼は他の女の子との会話に夢中で、私が帰ることにすら気づいていないみたいだったけど。
帰り際、彼の声が聞こえました。
「あ、ちょっと、唐揚げにレモンかけないでよ!!」
へえ、唐揚げにレモンかけない派なんだ。
なんて、こんな惨めな状況になっても彼の好みを知ろうとする自分がなんだか悲しくて、それでもなんとなく彼の言葉の続きに耳を澄ませてしまうのは、やっぱり好きだからなんでしょうね。
「ありのままの唐揚げが俺は1番好きなの!」
唐揚げにレモンをかけた女の子と、ぎゃいぎゃい楽しそうに戯れるような喧嘩をしながら、彼はそう言っていました。私は居酒屋を出て、冷えた空気を肺いっぱいに吸い込んで、それから蹲って泣きました。
もしも叶うなら、私は唐揚げになりたい。
ありのままでも彼に愛されるから。
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