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ほろよい フルーツサングリア



 「ほろよい フルーツサングリア」

 口に出すと気持ちがいい。4、4、5のリズム。
 コンビニで買ってきたたった3%のアルコールに酔いながら、部屋でなんとなくテレビをつける。彼氏が「俺の恋人なら健康的な生活をしてくれないと悲しい」と今考えればモラハラまがいなことを言ったので、私は1年以上お酒を飲んでいなかった。こんな、深夜2時に飲むなんてもっての外だ。

 今お酒を飲んでいるのは、彼氏と大喧嘩をしたから。

 彼氏は私の首筋をよく噛む。だから、いつでも私の首は傷だらけ。明後日は大切な会議があるから今日はダメって言ったのに、聞こえてないみたいにガブガブチューチュー吸いやがった。おかげで私の首は赤く染まっている。
 絆創膏で隠しているけれど、傷が大きめな分、絆創膏も大きめ。さっき鏡で確認したけど、めちゃめちゃ目立っていた。

 大事な仕事なのにと泣きながら怒鳴ったら、彼は「ごめん」としょんぼり謝っていた。怒られた犬みたいに悲しそうな顔をするから、なんだか私の方が悪いことをしているみたいな気がしてきて、余計に腹が立ってしまった。

 泣きながら「もういい!」と叫んで彼の家から走り出て、自分の家に帰ってきてしまった。合鍵で入られないようにドアチェーンをしっかりかけて、途中のコンビニで買ったほろよいフルーツサングリアをあけて今に至る。


 舌の上を転がる甘味を目を閉じながら味わう。
 1年ぶりのお酒は美味しかった。


 ジュースみたいに甘いし、フルーツの匂いもたっぷりするけれど、ワインの味もたしかにする。じんわりと体があったかくなってくる感覚もある。
 甘いお酒が好き。苦いよりも、甘いのがいい。甘くて瑞々しくて、さっぱりと気持ちがいい。だから私はフルーツが好き。彼もよくフルーツを買ってきてくれた。

 春になればイチゴ、夏にはスイカ。秋はフルーツの季節だから、カキとかビワとかナシとか、色々持ってきた。冬になればリンゴとかミカンとか。
 私が喜ぶと、彼も嬉しそうにしていた。

 それを思い出して、フルーツの甘みが急に酸っぱく感じられてきた。喉の奥がほろ苦いのは、きっとアルコールのせいじゃないんだろう。

「ほろよい フルーツ サングリア」

 きっちり言葉を区切って口にしてみる。
 「サングリアはスペイン語で出血を意味するんだよ」と、彼が自慢げにしゃべっていたのを思い出す。彼はフルーツサングリアが好きだったんだろうな、とぼんやり思った時、ベランダ付きの窓をノックする音がした。

 仕方ないな、と思いながらカーテンを開けると、ヴァンパイア特有の大きな羽を背中に隠しながら、泣いて赤くなった目でこちらをじっと見る彼がいた。
 彼はヴァンパイアで、吸血欲求を止めることは難しい。わかっているのに、私は仕事でいっぱいいっぱいになってしまって、余裕がなかった。それにしたって、いくら寂しかったとはいえ彼の家に行っておいて「血を吸うな」だなんて。吸血はヴァンパイアからの求愛行動でもあるのに彼には可哀想なことをしたな、と反省しながら窓を開ける。

「ごめんなさい」

 彼がしょんぼりと俯きながら頭を下げた。
 高い身長が嘘みたいに小さく見える。

 私はぽんと彼の小さな頭の上に手のひらを置いて、それからゆっくり撫でた。酔っ払ってるからだ、と自分に言い聞かせて恥ずかしいのを押し殺す。
 彼は窺うように頭を下げたまま私のことを見上げる。

「私も、ごめんね」

 謝ると、彼が私のことをギュウッと抱きしめた。
 彼の身体が冷えていて、この寒空の下、急いで私の家まで文字通り飛んできたんだと思うと愛おしかった。

「好きだよ」

 言いながら彼の背中を撫でると、彼は小さな頭を私の肩に乗せて甘えるように頬を首筋に擦り寄せていた。彼の腕の中は暖かくて、気持ちがいい。

「俺も好き」

 耳元で響く声がくすぐったい。
 あったかくて、ふわふわする。甘くて気持ちよくて幸せだって思うのは、きっとフルーツサングリアのせいなんだろう。

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