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演劇都市東京

 東京に来てから役三年。もうすぐ僕は就活を始めなければならなかった。周りのみんなはいち早くに着慣れないスーツを着始めてあっちこっち飛び回っていた。だけど僕はそんな事はする気になれず、いつものようにこの気楽な大学生活を送っていた。そんな僕に向かってパリッとした就活スーツを着た友人たちは「全く、お前はしょうがないな!いつまでも、そんなモラトリアム気分で。そんな根性で、社会に溶け込めると、思っているのか!」とやたら張りのある声で文節ごとに語尾を区切って説教をしてきた。僕は友人のやたら気張ったまるで舞台かなんかのような言い回しがおかしく思わず笑ってしまった。すると彼らは一斉に呆れた顔をしてまた説教を始めた。
「お前は、いつから、東京に、いるんだ。いい加減、東京のことを、理解しろ!東京は、大都会。いかに自分を、演じるかで、人間の、価値が、決まるんだ!あの娘を、見ろよ!あの娘は、自分を、アピールするために、必死で特訓、しているんだ!見ろ!」
 といって友人たちはなんか一斉にダンスした後で一斉に近くの女の子を指差した。
「あの娘が特訓している〜!あの娘が特訓している〜!あの娘が特訓している〜!」
 と友人たちは今のセリフを歌いながら繋いでいた。僕が友人が頭がおかしくなったかと呆然としていると友人は僕の首を無理やり女の子の方に向けて女の子の特訓とやらを見させた。女の子は就活の特訓をしているらしく友人と同じようにやたら声を張り上げて、一語一句を切りながらしゃべっていた。
「ああ!われは草深き田舎の生まれ!この大都会に出てきしは大学に入りて社会学を学ばんがため!大学で学びしこの知識、今こそ御社のために捧げん!」
「見よ、あの遊び惚けていた、あの女も、東京で、生きて、行くために、こうして演じているのだ。これが東京なのだ。この東京では、何かを、演じなければ、生きてはいけぬ!だから、お前も、僕らと一緒に、演じることを、始めよう!東京は演劇都市!皆何かを演じているのだ!」

 友人の腕を振り回したシェイクスピアの舞台のような演説を聞いて、僕は完全に世界から取り残されてしまったと思った。自分がモラトリアム気分で惚けている間に皆こんなぬ変わってしまうなんて!これが東京なのだろうか。東京が華やかで油断していたら埋没しかねない都市だと知っていたが、まさかここまで厳しいところだったとは!僕は自分が何も演じた事がないことに急に不安になってきた。どうしたらこの東京で生きて行けるだろうか。僕は友人たちに聞いた。
「どうしたら僕は東京で就職できるんだ!演劇経験なんて勿論ない!そんな僕が今更何を演じればいいんだ!教えてくれ!何でもいいからとにかく演じたいんだ!」

 友人たちは僕の顔を何でも見て考え込んだ。僕は彼らの顔を伺い返答を待った。実際に演じられるなら、この東京で生きていけるのなら役は何でもよかったのだ。しばらくして友人たちはは僕をまっすぐ見て言った。

「お前は、どこにでもいる、ゴキブリをやれ!お前は、目立たないから、人間の役なんて、不可能だ!不可能だ!不可能だ!おお!神よ!この哀れなる男にせめてゴキブリの役の恵みを与え給え!」



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