おっさんたまご
同じパックに入れられたたまごたちは初めて会う他のたまごに「短い間ですけどよろしゅうお願いしますぅ〜」と緊張の面持ちで挨拶し合っていた。ほとんどが同世代、生まれたてのたまごたちだった。しかしひとつだけ、何故か生まれてから相当たっているおっさんのたまごがあったのである。ほかのたまごたちは自分たちと明らかにちがうおっさんたまごに戸惑い声もかけなかった。
スーパーに陳列されたたまごたちは、人間たちが他のパックを持つたびに次は自分たちの番だと怯えた。たまごたちは買われたら最後、自分たちは真っ先に食べられると震え、そしてひとつ端っこに呆けたように止まっているおっさんのたまごを見て愚痴るのだった。
「あのおっさんが羨ましいわ。多分アイツが食べられるの一番あとやろな。いや、ひょっとしたら食べられへんかもな。だってあんなしわくちゃのおっさんたまごなんて誰も食べへんやろ?」
「せやせや、ウチ今まで年取るのは嫌やわぁ〜って思っとったけど、今むっちゃババアになりたいねん。死ぬなんて嫌や」
おっさんは若者たまごの羨望ともイヤミともつかぬ言葉を聞いて泣いた。ワシだって好きで年取ったんやない。ただ養鶏場のおっさんがワシ取るの忘れたからこうなったんや。ワシだって若いうちに取られたかったんや。長生きしようとして逃げてたんやない。だけどおっさんたまごは引っ込み思案で気が小さかった涙を溜めて堪えるしかなかった。
するとその時パックが急に浮き出したのでみんな叫び声を上げて泣き出した。ああ!とうとうたまごが買われてしまった。買ったのはデブのオカンである。オカンは乱暴にパックを持って歩いたのでパックは大地震のように揺れに揺れた。たまごたちはすぐそばにやってきている死にビビり絶叫して泣き叫んだ。
「嫌やあ!まだ鶏になってないのに死にとうない!」
「俺はまずいねん!だから食わんといて!」
若いたまごたちが口々にこう叫ぶのを聞いておっさんたまごは何故かほっとするものを感じた。彼らのぷりぷりしたたまごっぷりと自分のシワシワぶりを見て、これだったら自分は助かると思ったのだ。こんなおっさんのシワシワのたまごなんか誰も食わへんやろ。たまご焼きにしても目玉焼きにしてもサンドウィッチのたまごにしても絶対に食えへん。さっきわかたまごが言ってたこと本当や。ワシは助かる。みんな元気に食べられなはれ。ワシはゴミ箱でみんなの成仏見守ったるわ。
オカンはうちに帰ると早速料理を作るためにたまごパックを開けた。そしていろいろ準備してからたまごをひとつずつ取り出してボウルの中に入れていったのである。取り出されたたまごは殻を震わせて泣きじゃくった。
「死にとうないねん。誰か助けてや!」
「ウチババアやで!食べんといて!」
おっさんたまごは次々と取り出されていく若たまごたちをみてざまあ味噌漬けと思いっきり嘲笑した。ワシを馬鹿にした罰や!うるさいからさっさと食われとき!おっさんたまごはまだパックに残っているわかたまごにもほな自分らも早よう食われとき。ワシがゴミ箱の中から見ていてやるさかいなと思いっきり笑いまくってやった。
しかしその時であった。なんとオカンはパックごと持ち上げてたまごを全部ボウルの中に入れてしまったのだ。おっさんたまごは何故シワシワの自分まで入れられたのか理解出来ずオカンに向かっておいババア見えへんのか。ワシはこんなにしわくちゃなんやぞと喚いた。そのおっさんたまごの叫びが届いたのかオカンはおっさんたまごを取り出して眺め始めた。せやろ、こんなおっさん食べても得なことないで。お腹ぽんぽんになって病院に行くだけや。おっさんたまごホッとしてゴミ箱を見た。だがオカンはすぐにおっさんたまごをボウルに戻してこう呟いた。
「まぁ、ひとつ古いたまごあるけどええわ。今日は厚焼きたまごやさかい砂糖と出汁入れればみんなにバレへんやろ」
割られてゆく仲間のたまごを見て残されたたまごたちは一斉に泣き叫んだ。一番泣き叫んだのはおっさんたまごである。彼はずっとなんかの誤解や、シワシワのワシなんか食べても美味しくあらへんでとか喚き散らしていたが、それが祟ったのか、早速オカンに持ち上げられてキッチンの角へぶつけられてしまった。
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