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映画のような人生

 長いエンドロールを観ながら僕はひたすら感激に咽んでいた。いい映画だった。この映画は二人が出会って結婚し、そして夫が死ぬまでの長い年月を描いたものだが、たった二時間弱でよくここまでかけたものだ。いや余計な夾雑物を全て濾過しだからこそここまで純粋なものになったのだ。ここにはめんどくさい夫婦生活のあれこれが描かれてなく、純粋に二人のピュアな姿だけが映し出されていた。見知らぬ二人が電車の中でぶつかった。その時女は男を痴漢だと誤解して警察に突き出した。だけど後でそれが誤解だとわかって二人は付き合い始めた。それから結婚し、深刻な諍いが何度もあった。だけど二人はそれを乗り越えてきた。ラストの病室で妻が死にゆく夫に感謝の言うシーンは号泣ものだ。僕はズラリとキャストが流れるエンドロールを観ながら現実も映画みたいに純粋であればいいのにと思った。

 エンドロールが終わり館内にライトが点くと僕は万感の思いで席を立った。席を立って出口へと向かった時、僕はなんだか名残惜しくなってスクリーンを見た。スクリーンを見ていると瞼に先程見たあの夫婦が浮かんできた。ああ!現実も映画みたいだったら!あの夫婦みたいに現実のくだらない所をすっ飛ばして純粋に生きられたらいいのに!

 僕は高揚した気分で地下鉄に乗った。電車は休日だからぎゅうぎゅう詰めで窓際に立っていたはずの僕はいつの間にか左右の真ん中にまで押し込められていた。こんなに人と密着していた当然人に触れてしまう。ああ!今そばにいた女性が僕を睨んだ。それと同時に手の甲に妙な温かみを感じて何かと思って確かめようとしたが、その瞬間隣の女性が僕の腕を引っ張り空いている手で僕を差してこう叫んだ。

「この人痴漢です!」

 まるでさっきの映画の再上映だった。しかも今回は観ているんじゃなくてスクリーンの中で演じているのだ。僕は動揺して辺りを見た。他の乗客は冷たい視線で僕を見ている。ああ!なんて事だ!こんな再現なんてゴメンだと思ってたらいきなり場面は取り調べ室に変わった。

「で、やったんだろ?正直に白状すれば罪だって軽くなるんだぞ!」

 そんな事を言われたってやっていないものはやっていない。僕はあの映画の主人公のように顔に汗を拭かせて机を叩きながら抗議した。しかし警官は僕の言葉に耳を傾けず証人はたくさんいるんだぞと言って僕の胸ぐらを掴んできた。もう絶対絶命だった。その時だった。突然取調室の扉がバンと開いてそこに一人の女性が現れたのだ。それは間違いなく彼女であった。彼女は涙ながらに警官に訴えた。

「この人は痴漢じゃありません!私誤解していたんです!私のお尻にずっと触れていたのはこの人じゃなくて私が持っていたバッグのチャックだったんです!」

 彼女の言葉を聞いて警官は僕から離れた。僕はハッとして彼女を見る。思いっきりライトが当たったその笑顔。まるで映画のようだ。僕は一瞬で彼女に恋に落ちた。

 すると僕らはいつの間にかマックの中にいた。これも映画通りだ。僕ら照れながらこのキュートな女の子に自分をピンチから救ってくれた事を感謝した。すると彼女は涙の泉を溢れさせて僕に謝ってきた。そのまま両手を顔に当てて震えて号泣する彼女。僕はいいのさと囁いた。「本当に?」なんて聞いてくる彼女。いいに決まっているさと立ち上がる僕。まるで映画のワンシーンだ。彼女は立ち去ろうとする僕を呼び止める。立て続けのカット割り。僕らの愛を描くに全く相応しいやり方だ。だけど僕はなんか体がぶった斬られたような感じがして君が悪かった。 

 そして僕らは付き合い始めた。映画によくある省略スタイル。だけど僕にはその間の記憶がないので彼女の話が全くわからない。「あなたって意外に喧嘩強いのね」なんて言われても元々喧嘩なんて生まれて一度もした事がなく、そもそも彼女の前で喧嘩していない僕にそんな事を言われても何も答えようがない。

 だけど二人のムービーは僕を無視して勝手に進む。夜のいちょう並木通り、冷たい秋風が吹く中僕らは肩を寄せて歩く。彼女は言う。

「私、あなたが本当に好きなんだってやっと気づいたの。今夜は家に帰りたくない」

 その言葉を心から待っていた。いや、本当に待った。今までのカットだらけでよくわからない彼女との付き合いも全てこのシーンのタメだったのだ。僕は熱く彼女を見つめて言う。

「もうずっと君を離さないよ」

 二人の記念日。クリスマスのイルミネーション以上に僕らは輝く。ああ!彼女の唇が今そこに!

 だがここでまた僕は飛ばされた。起きたのはアパートの一室。彼女によるとここはどうやら僕のアパートらしい。僕ら何故かパジャマ姿で起きた。彼女はバッチリスーツを着てキッチンでサンドウィッチを食べている。彼女は起きてきた僕に遅いぞなんて意味深な顔で言うが当然肝心な所はカット割りされているので何が何だかわからない。僕は朝のキスをするために彼女に近づいたが、ここで場面は暗転し、何故か僕らは新婚さんになっていた。互いの両親に祝福された僕ら。彼女のお腹の中には誉の子供がいるらしい。僕の友達は抜け目がないなぁと僕を小突いたが、抜け目がないどころか彼女とキスした記憶すらない僕にはなんとも答えようがない。

 自分でも訳が分からずどうしたらカット割りされずに日常生活を送れるんだと悩んでいたらまたどっかに飛ばされた。今度は子供が小学生になっていた。彼女は僕にやっとマイホーム変えたね。パパにはもっとたくさん働いてもらわなきゃとわざと意地悪めいた表情をして子供に言った。僕は引き攣った笑顔でパバをいぢめるなよと言う。僕は今まで一度も行ったことのない会社に行くためにジャケットを羽織って玄関に向かった。

 だがその時僕は突然の激痛に倒れた。痛さに悶えて苦しんだが、何故か妻と子供は救急車を呼んでくれない。ただ妻は大丈夫かと僕を厭離なく揺さぶり、子供はパパーっと泣き叫んで僕の腹をボコボコ殴るだけだ。僕はカット割りが起こる事を期待したが、なかなか起きない。長い苦痛の果てに誰かが読んでくれたらしい救急車がやってきた。僕はマンションの四階から階段で運ばれて激痛と振り落とされる恐怖に耐えた。だがまだカットは訪れない。僕は救急車で履けばれたが、妻と子供は救急隊の制止を振り切って僕を揺さぶる。

 そうして救急車はようやく病院につき、僕は早速緊急治療を受けた。そしてここでカット割りが起こり、僕はいきなり医者の前に座らされた。医者は僕の顔を深刻の極みみたいな顔で見てレントゲン片手にこう言った。

「あなたはステージ4のガンです。助かる見込みはゼロです」

 僕はこの診断結果を聞いて愕然とした。せっかく彼女と付き合って、結婚して、子供も生まれて。でも付き合った自覚も持てず、結婚した自覚も持てず、親になった自覚も持てず、自分はこのやたらカット割の多い人生でなんのために何をどうやって生きてきたのか分からなくなった。僕は泣きながら先生に聞いた。

「俺の人生っていったいなんだったんですかね。なんか今までずっと周りに振り回され続けた感じですよ」

 だがそれを聞いた隣の妻がいきなり僕を叩いくと涙を流して叱った。

「バカ!あなたは自分の人生がまるっきり無価値だったとでも言うの?私はあなたがいたから生きていけたのよ。あの秋の夜、あなたが寒さで凍える私を抱き止めて帰るなって言ってくれた時、この人だったら一生を添い遂げられると思った!あなたは結婚式の夜、私に誓ったよね?お前を悲しませる事は絶対に言わないって!あれは嘘だったの?後、この子が生まれた時にも言ったじゃない。俺たちはこの子の見本にならなくちゃなって!あれは全部でまかせだったの?それともこんな病気で挫けてしまうぐらいあなたの決意は弱かったの?ハッキリ言ってよ!」

 当然ながら僕はそんな事言った覚えは全くない。それらのシーンは全部ぶつ切りでカットされちゃってるんだからそもそもないはずだ。僕はもうこの世界からやさ早く脱出したくて泣き喚いた。

「ああ〜!誰か助けてよぉ!死にたくないよぉ〜!」


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