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走れ文芸部!

 冬のグランドに文芸部の連中が現れた。練習中の野球部はこの突然現れた部外者を追い出そうと注意した。

「おい、文芸部!人の敷地内に入ってくんじゃねえよ!さっさと出てけよこの引きこもりが!」

 キャプテンがこういうと野球部員たちは一斉に笑い出した。

「そうだよキャプテンの言う通りだよ。引きこもりはさっさと漫喫で寝てろ!」

 文芸部の連中は野球部の嘲笑に言い返すことも出来ずに俯いている。しかしその時だった。今まで黙っていた文芸部の部長鷲塚明太郎は顔を上げて不敵に笑うと、手持ちのバッグから分厚い本を取り出して野球部員に尋ねた。

「お前らこれが何の本だかわかるか?」

「何だそりゃ?俺たちゃヲタクに興味ねえんだよ!さっさと家帰って勝手にに萌えてろよ!」

「さすがバカで有名な野球部だな。そんなことだから毎年一回戦負けなんだよ。これはな文芸を愛する全ての者達の怒りだ!思い知れ!」

 というなり、部長は分厚い本で野球部の連中を殴りだした。薄い本ではないのでトンデモなく痛い。野球部員は思わず泣き出して堪忍してと叫ぶ。しかし鷲塚部長は許さない。文芸部をバカにしたことは文学に携わる全てのものをバカにしたことと同じ。鷲掴はホメロスから現代の文学者の代わりにこのバカをボコボコにしてやった。

「痛いだろ!これが文学の痛みなんだ!貴様らはうさぎ跳びがきつくてとかほざくが、文学の痛みはそれよりも遥かに突き刺さる痛みなんだ!言葉は人を簡単に殺せるんだぞ!俺が貴様らを何の本で殴ってるかわかるか?」

 この鷲塚のあまりに文学的な問いにバカの野球部員は当然答えられない。文盲。スポーツのやりすぎでバカになった不幸な連中。そんな奴らに向かって鷲塚は教え諭す!

「これはドストエフスキーの罪と罰が収められているプレイヤード叢書だ!プレイヤード叢書ってのはな、フランスのガリマール出版社が出している叢書でな、この出版社が一流と認めた作家が収められているんだ。この叢書に収められるってことは作家にとっちゃノーベル文学賞なんかよりずっと名誉な事なんだぞ!日本人では谷崎潤一郎しか入ってないんだ!川端も三島も春樹も入ってないんだ!その叢書の分厚さは文学の歴史そのものなんだ!くらえ!プレイヤードによって強化されたドストエフスキーの罪と罰を食らって己の罪を知れ!」

 この文学による鉄拳制裁は夜まで続いた。そして野球部は泣きながら明日から文芸部にグランドを譲ることを誓わされたのであった。



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