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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第一回:ガン宣告

次回

「俺、ガンなんだってさ。しかもステージ4で助かる見込みねえんだとよ」

 と、病室のベッドに横たわっている全身入れ墨だらけの男が言った瞬間、病室にいたものは驚きの表情で彼を見つめた。周りのベッドで寝ていた他の患者たちは彼の言葉を聞いて俯いた。男はかなり年がいっており、客観的に見ればすでに老人である。痩せこけた体はシワで覆われ、髪もすでにハゲかかっており、髪の毛の間から地肌がうっすらと見えた。しかし男は老人にはあまりにも似つかわしくない格好をしていた。体は上に書いたように全身入れ墨で覆われ、ハゲかけた髪はパレスチナの国旗を模したのか赤白緑黄色に染められ、裸の上半身はタトゥーで埋められており、履いている穴開きジーンズには至るところに安全ピンが刺さっていた。ベッドの周りにいる男たちも病人と同じ年頃で、しかも病人と同じような格好をしていた。そのまましばらく病室に沈黙が流れたが、入れ墨男のベッドから離れて立っていた三十代前半の若い男が突然病人に向かって大声で言い放った。

「ざまあないな!まぁ、あれだけ好き勝手な事してたんだから当然の罰だよ!むしろ遅すぎたぐらいだ!」

 ベッドの病人を囲っていた男たちはこの若い男の言葉を聞くと立ち上がって彼を取り囲んで怒鳴りつけた。

「お前それが病気の親に向かっていうセリフかよ!お前だって今のコイツの話聞いただろ!お前の親父は今大変な事になってるんだぞ!お前分かってんのか?」

 若い男は老人たちの言葉で冷静になって自分の言った事に後悔したのか急に気まずそうな顔になって黙り込んでしまった。

 病人の仲間らしき男たちはしばらくそのまま若い男を取り囲んでいたが、病人が自分たちを呼んだので慌てて振り向いた。

「お前らやめろ。コイツは昔からこういうやつなんだから気にすんな」

 男たちは病人の言葉を聞くと上げかけた腕を下ろして若い男から離れた。それを見て若い男は病人に背を向けて病室から出ていった。出ていく際、男は一瞬立ち止まり病人を思いっきり睨みつけてから早足でエレベーターへと向かった。

 このガン宣告を受けた男は伝説のハードコアパンクバンド、サーチ&デストロイのボーカル大口垂蔵である。そして彼のベッドを取り囲んでいたのは同じバンドのメンバーであった。彼が率いているバンドサーチ&デストロイはガーゼやG.I.S.M等とほぼ同時期に活動を始めたバンドであり、メジャーではなかったものの、ハードコアシーンの伝説として、同世代の連中を始めとして若手バンドにいたるまで多くのミュージシャンの尊敬を集めていた。その激しいノイズ混じりの音楽は勿論、ステージでの観客との乱闘、気に入らないバンドのライブへの殴り込み、さらには傲慢なライブハウスの経営者を拉致して裸で性器に竹筒を被せ、そのまま電柱に縛って放置したエピソード等は今も語り草だ。

 しかしそのバンド活動は全く安定しなかった。垂蔵の暴力沙汰のせいでライブは度々警察沙汰となり、そのせいでバンドは度々活動を休止した。それでもなんとかバンドは続けていたが、今度は垂蔵自身が自身の不摂生極まる生活態度がたたって重い病に倒れ、バンドは完全に活動停止に追い込まれた。しかしここで垂蔵は一転奮起して今までの自堕落な生活態度を改め、ようと医者による厳しいリハビリプログラムを乗り越え、ようやくライブできる状態にまで回復した。それでバンドは早速サーチ&デストロイの復活ライブの日取りを決め、『大口垂蔵大復活!』とその宣伝を大々的に行いその準備に取り掛かっていたのだが、週の初めの月曜日にそのライブのリハーサルのためにスタジオ入りしていた時に垂蔵が突然倒れてしまったのだ。垂蔵はすぐに救急車でスタジオの近くの病院に運ばれてレントゲン検査を受けた。そしてその翌日、彼は医師から、自分がステージ4のガンである事と、余命が一年もない事をハッキリと宣告されたのだった。それは復活ライブを控えた二週間前の事だった。

 大口垂蔵にはデビュー当初からのファンと三十手前で結婚したが、その妻は十年前に亡くなっている。この妻との間には一人息子がいるが、それが病室で垂蔵を怒鳴ったあの若い男である。息子の名前は露都といった。名前は垂蔵のリスペクトするセックス・ピストルズのジョニー・ロットンからつけられた。彼は垂蔵から電話番号を書いた紙切れを渡されたメンバーによって病院に呼ばれたのだ。

 病院を出た大口露都はそのまま真っすぐ自宅に帰った。彼は自宅の玄関についてしばらくそのまま立ってため息をつきそのままベルを押した。するとすぐに中から扉が開いて妻と子供が迎えにやってきた。妻は夫の顔を見て心配そうに聞いた。

「お父さんどうだった?」

 露都は妻の問いに答えず黙りこくったまま、奥の自分の書斎に向かおうとした。しかしその時彼は子供が鋲の入った革ジャンを着ているのを見て怒りのあまり思わず妻に向かって怒鳴りつけた。

「お前まだサトルにこんな物着させているのか!早く捨てろと言っただろ!」

 サトルは突然の父の怒りにびっくりして泣き出してしまった。露都はサトシの泣きわめくのにどうしていいかわからず、妻の絵里に向かって「ちょっと来い!」とそのまま手を引っ張って書斎に引っ張り込んだ。

「どういうことなんだ!この間あれほど捨てろって言っただろ!あんなもん着て学校に言ったらどうするんだ!ろくでなしの親がいるってPTAから呼び出し食らうぞ!」

「しょうがないじゃないの!サトルが嫌だっていうんだから!おじいちゃんがくれたもの勝手に捨てないでよ!って泣き喚いて大変なんだから!」

「おい、ってことはお前まさかアイツからもらったあのクズみたいなCDとかビデオとかもまだあんのかよ!」

「あるわよ!しかもサトル毎日私にラジカセ持ってきてこの小さいフリスビーみたいなやつから音鳴らしてってCD持ってくるわよ!うるさいからやめましょって断ってもあの子全然鳴らして鳴らしてって言って聞かないのよ!毎日デストロイデストロイって一緒に歌ってるんだから!」

「馬鹿野郎!俺は何度も言っただろ!あんな奴叩き出せって!サトルが悪い影響を受けたらどうするんだ!不良になるぞ!高い金払って行かせてる学校から追い出されるぞ!お前はそれでもいいのか!」

「あんなピエロみたいな格好している人たちの音楽なんか聴いて不良になるわけないでしょ!お笑いじゃないあんなの!サトルだっておじちゃんのバンドを仮面ライターかウルトラマンみたいなヒーローものだって思ってるだけよ!」

「お前はどうしてそんなに能天気なんだ!あれはおっかない音楽なんだぞ!人を殴るのは当たり前の連中がやってる音楽なんだぞ!正真正銘のクズがやってる音楽なんだぞ!」

「いい加減にしなさいよ!あの子が好きだって言ってるんだからそれでいいでしょ?大体私とサトシをあなたたちの争いに巻き込まないでよ!ハッキリ言って迷惑なのよ!」

 ここで絵里は話を一旦止めた。そして落ち着いてからさっきと同じ質問をした。

「それで、お父さんはどうなのよ」

 露都は冷静になって病院で本人から聞かされた病状を思い返して頭を抱えた。彼は妻に向かって吐き捨てるように言った。

「全く絶望的だ!」

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