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伏線回収

「伏線を張りすぎたんだけどてどうやって回収すればいいんでしょうか。先生教えて下さい!」

 といきなり小説家志望の青年が尋ねてきた。

 私はその青年にどんな伏線を貼ったんだい?と聞いた。青年はすぐに答えてくれたのだが、彼が現在書いている小説はかなり膨大なもので、物語はすでに終盤に来ているらしい。しかし彼は物語の至る所に伏線を張ったらしく、伏線の伏線のそのまた伏線を張っているような状態になってしまったということだった。

 青年の話を聞いて私は小説を書き始めた頃の自分を思い出して苦笑いした。昔の私も彼のように無駄に伏線を張りすぎて後になって収集がつかなくなるような失敗を何度もしたことがある。その時私がしたことは。私は青年に答えた。

「そうなったら伏線を無駄なものとしてすべて切り捨てるしかない。つまりなかった事にするのさ。伏線を全て回収しようと思えば回収出来ないこともない。ただし君はその回収作業にページを余計に使う事になってしまう。伏線を回収出来たら君自身は満足かもしれない。だけど物語の終盤まで来て、今まで張っていた伏線の種明かしを延々と読まされる読者の気持ちを考えた事があるかい?せっかく終盤を迎えたと思ったら、今更になって読者も忘れていたような伏線の種明かしをされたところでうんざりするだけだろう。いわば君の小説は枝毛の生えすぎた女性の髪型ようなものさ。伏線ばかりで非常に見た目が悪いんだ。枝毛を切り落とすように伏線なんか無視してしまうんだ」

 しかし青年は私の意見が納得出来なかったようで食ってかかってきた。

「僕の小説は女性の髪型なんかじゃありません!どんな伏線にも思いを込めて書いてるんです!簡単に切ることの出来る髪なんかと一緒にしないでください!」

 私はたとえが悪かったと青年に謝り、今度は真面目そうな彼に合いそうなたとえで説明した。

「君の渾身の小説を女性の髪に例えたのは悪かった。傷ついたようなら謝るよ。じゃあこういうたとえはどうかな。小説というのはいわば公園みたいなものさ。君はその公園のオーナーにして清掃人なんだ。さてその公園は面積も十分にあって、施設も充実している。だけど一つ問題があってそれは木が多すぎて、しかもろくに枝も伸ばしっぱなしで著しく景観を損ねている。勿論公園だから木は必要だ。だけどその伸ばしっぱなしにした木のせいで公園にはあまり人が寄り付かなくなってしまっている。これを解決するには木の枝を切って揃えるか、最悪の場合はいくつかの木を伐採するしかないだろう。君の小説は今こういう状態なんだ。だから……」

「いや、それは違う!」

 青年は突然そう言って私の話を塞いだ。続けて青年は何故かいきり立って私に向かってこう捲し立てた。

「あなたの言っていることは全て間違っていますよ!まず小説は公園なんかじゃありません!小説は山や森と同じように自然から生まれるものなんです。作家がその想像の翼をはためかせて自由自在に物語を綴ったものが小説なんです!先生のおっしゃる小説とは公園のように整備された酷く人工的なものなのですか?あなたは人の大事な伏線を、公園の木の枝のように見てくれだけのために切って揃えたり、たかが見てくれのために木ごと切り取ってしまえと言うのですか?伏線をどう活かすかを真剣に考えてる人間に対してよくそんな酷いことが言えますね。先生と言う人がようやくわかりましたよ。あなたは小説をそんな考えで書いているんですね。だからあなたの小説は人を楽しませたり、安い感動を与えたりはできるけど、人の心の奥深くを突き動かすことはできないんですよ!何が公園だバカバカしい!もうあなたに伏線の回収の相談をすることはやめました。やっぱりこんなことは他人に相談すべきじゃなかった。せっかく育って来た新しい枝の命は自分一人で育てていかなければ!さようなら先生。もうあなたとは二度と会うことはないでしょう。だけど先生これはあなたのせいじゃない。互いの小説観の深刻な相違が原因です。では先生、ご多幸あれ!」

 そう言って青年は自分のドリンク代も払わず喫茶店から去っていこうとした。私は自分から相談を持ちかけてきたのにこの態度はなんだと思ったが、それ以上に私はこの青年に言ってやりたいことがあった。私は立ち去ろうとする青年を呼び止めて言った。

「君はさっき小説は想像のままに物語を綴るものだと言ったけど、じゃあなんで伏線なんか張ろうとするの?伏線ってすごい人工的なもんだよ。公園どころか首都高速みたいなもんだよ。小説を自然そのままに書くって言ってる君がなんでそんな物使うの?ねえ、教えてよ、ねえ?」

 青年は私の言葉を聞いた途端、唖然とした表情で私を見たまま止まった。そしてあ……あ……とか呻いた後ぎゃあああああ!と叫んで走り去ってしまったのだった。


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