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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十一回:仲直りの決意

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 翌朝、露都は起きると朝食をとるために台所へ向かった。彼はそこで偶然玄関のドアからから出てゆくサトルの背中を見た。声をかけようとしたが、サトルは父に気づかなかったようで振り向きもせずに出て行った。露都はその去り際にサトルの持っていた手提げバッグがやたら膨らんでいたのを見た。あれは図工の宿題の工作か何かなんだろうか。そういえば最近忙しさにかまけて全くサトルを構ってやれていない。全部絵里に任せっきりだ。サトルとまともに話したことなんてここ二週間ぐらいないのでは。下手したら今回の事がきっかけであの子と一生口を聞かなくなるかもしれない。彼は無意識にサトルを子供の頃の自分に重ねた。とにかく今日にでもあの子と仲直りしなきゃ。上司はうるさく言うだろうが今日の残業はやめだ。定時に帰ってサトルと話す機会を設けないと。

 台所に入ると絵里がおはようと声をかけてきた。露都は昨夜の夜食の礼を言ったが、それに対して妻は美味しかったかと聞いてきた。露都はその問い詰めるような口調に少し慌てて美味かったと答えると、彼女はにっこり笑って口調でありがとうと答えた。絵里は何も言って来ない。どうやら彼が話し出すのを待っているようだった。

「あのさ、サトルのことなんだけどさ」

「おっ、とうとう謝る気になったか」

「まぁな。今日は残業断ってまっすぐ家に帰ってくるつもりだ。素直に謝るつもりだよ」

「それはよかった。でもそんなに慌てて帰って来なくていいよ。サトル今日塾だから。でも、露都にしちゃ上出来だよ。それでお父さんのプレゼントも返してくれるんだよね?」

「返すわけないだろ」

「はぁ?それじゃ意味ないでしょ?それでサトルが許してくれると思ってんの?」

「事情を話せばサトルだってわかってくれるさ」

「わかるわけないでしょ!サトルはまだ小学校一年なのよ」

「いや、わかるはずた。だってサトルは俺の子だ。人間って小学生にもなると世の中ってのか見えてくるものなんだ。いいか?子供ってのは意外に察するものなんだよ。俺もそうだった。あのクズがどれほど汚い人間か……」

「ハイハイわかりました!もうわたしは何も言いませんよ。あなたのお力でサトルを目覚めさせてあげてくださいね!」

 露都は妻がこう投げやりな口調で言ったので少し腹が立った。しかし彼は何も言わずテーブルの椅子に座って朝食を食べようとした。が、その時ふとサトルの鞄の事を思い出した。

「そういえばサトルやたらカバンに荷物詰め込んで学校に行ったけど図工かなんかの宿題でもあったのか?」

「はぁ?サトルのカバンがどうしたって?」

「どうしたって、あんなにパンパンだったじゃないか」

「そんなの見てないからわかんないよ」

「見てない?お前母親だろ?なんで子供の行動ちゃんと見張ってないんだよ!サトルが何かしでかしたらお前のせいだぞ」

「何よその偉そうな態度!家のことは何にもやらないくせに!あの、アンタたちの揉め事のせいで私がどんだけ神経すり減らしてるか!わかってるの?あったまに来た!もうアンタの朝食抜きよ!さっさとお役所に行きやがれ!」

 露都は絵里の物凄い剣幕にビビってとにかく今日は早く帰ってくるからなと言い残して玄関から逃げ出した。

 定時に帰るにはまず上長の許可を取らなくてはいけなかった。露都はこういう時いつも一般の会社員をうらやましく思う。官僚は残業が当たり前だ。特にキャリアはそれが義務だ。なのに自分は最近連続で定時に帰ってしまっている。いくら親の病気であるとはいえ、このような事が続けば出世に間違いなく響く。しかも今日は他人から見れば不要不急の家庭の事情でしかない。気が重かった。彼は朝オフィスに入ると早速課長に定時上がりの報告をしたのだが、課長はそれを聞くなり予想以上に強烈な嫌味を言ってきた。

「今度は家の都合なの?そこまでして定時で上がりたいの?全くいいご身分だね。我々がこうして日々十時近くまで残って資料作成したり会議したりしているのにさ。君ときたら自宅でのんびり家族サービスなんだから。幸せだよ君は。みんなが仕事のために家族を犠牲にしているのにさ。君今自分がどういう地位についてるかわかってるの?課長補佐だよ。本来なら僕のサポートとして手となって足となってバンバン動いてもらわなきゃいけないんだよ。なのに当たり前のように定時で上がろうとするんだからね。それとも自分は特別だとでも言うのかい?君には後ろ盾もあるからね。局長まで勤めた祖父がいて、さらに審議官のいずれ父親と同じ局長になるって噂のある叔父がいるんだからね。何をやっても出世コースだから定時で上がっても全然平気だとでもいうのかね。ホントに血筋のいい人間は違うんだな!僕みたいに今年いっぱいで天下り確定の中間管理職とはまるっきり違うんだな!」

 露都この露骨な嫌味を適当に聞き流し、話が終わってから改めて定時で上がってもよろしいですかと聞いた。すると課長は投げやりな態度でああいいよ、好きにすればいいさと手を振って立ち去るように促したが、その時ふと何か思いついたのか自席に戻ろうとする彼を呼び止めてこう聞いた。

「そういえば君のお父さんって官僚だったっけ?だとしたらどこの省庁にいたのかな?」

 この課長の言葉に露都は怒りを抑えきれず思わず大声を上げてしまった。

「父は官僚ではありません!」

 全く不愉快だった。この課長の嫌味には慣れているつもりだったが、最後の最後で爆発してしまった。それもこれもこいつが最後に突然厭味ったらしく俺分の父親のことを尋ねて来たからだ。まさかこいつは垂蔵が自分の父親だって知ってたからわざとこのタイミングで父親の事を聞いてきたのか。畜生、心が乱れてしょうがない。課長が垂蔵が俺の親だって知ってようが、無視してりゃいいじゃないか。誰が何を知ってようが無視して適当に取り繕ってればいいじゃないか。なのに何で今日に限ってこんなにムキになってるんだ?ええい!今は仕事中だぞ!垂蔵のことなんか忘れてしまえ!

 そうやって葛藤しているうちに時間は驚くほど早く流れていった。露都は報告文書の作成や外部との連携で一日中ずっとPCと睨めっこしていたが、意外にも仕事が進んだのに自分でも驚いた。露都は昼食を忘れていた事に気づいて苦笑した。PCの時計はもう十七時四十五分になっていた。彼は内部フォルダに作成した文書を入れると帰宅するために立ち上がった。とにかくなんと言われようが今日は帰る。今日残業したら明日も残業で、そんな感じで明後日も残業して結局サトルと距離が出来たまま虚しく時間が流れてしまう。こういう問題は決めたらすぐ実行しなきゃダメなんだ。彼は帰る時課長に帰宅の挨拶をしたが、課長はPCを見たままあっそと相槌を打った。

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