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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十二回:サトルの事件

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 庁舎を出た瞬間、スマホから着信音が鳴った。露都は垂蔵に何かあったのかと思って慌ててスマホを取り出したが、通知バーが病院ではなく、絵里からのものだったので安心して大きく息を吐いた。彼は驚かせやがってと思いどうせサトルの帰宅の報告だろと思って電話に出た。しかし電話の向こうの絵里はあ……あとうめくばかりで話がまともに出来ない状態だった。露都は絵里の態度に不安を感じて落ち着いて一から話せと嗜めた。すると絵里は慌てちゃってごめんと謝ってから一息置いて喋り始めた。

「あ、あの……私この間おじいちゃんのサトルへのプレゼント回収して露都に渡したよね?私、全部回収したつもりだったんだけど、たった一つ忘れていたのよ。露都も見てるでしょ?あの鋲がたくさん打ち込まれたなんか昔の漫画みたいなジャンパー」

 露都は絵里の言葉を聞いてサトルがその革ジャンを着ていた事を思い出してあっと声を上げた。

「それ、たしかこの間サトルそれ着てたやつだ!おい、そのジャンバーがどうしたんだよ?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。今から順序立てて話すから!そ、そのジャンバーなんだけどあの子今日それを持っていっちゃったのよ!学校じゃ着てなかったらしいんだけど、塾で着ちゃったの。そのジャンバー着たサトルを見たマー君がね、思いっきりからかったらしいの。で、サトルはそれに怒ってマー君に殴りかかっちゃったんだって。私塾の方から電話でそれ聞いてもうどうしようかって思ったわよ」

 露都は絵里の話にショックを受けて倒れそうになった。朝やたらサトルのカバンがパンパンになっていたのはサトルがジャンバー入れていたからなのか。だけどなんであのジャンバーが記憶からすっかり抜け落ちていたんだ。あんな目立つジャンバーをすっかり忘れちまうなんて!俺はどうしようもないバカだ!ジャンバーの事覚えていたらサトルのカバンからあのクズのバカさ加減が染みついたジャンバーなんかぶんどってやったのに!ああ!もう脳天気に仲直りとか言ってる暇じゃない。

「それでお前今どこにいるんだ?サトルはどうしているんだよ!」

「サトルは今ジャンバー持って自分の部屋にいるよ。さっき塾に行ってマー君とお母さんに謝ってきたんだけど、マー君は自分も悪かったって泣いてサトルと仲直りしてくれて、マー君のパパとママにうちの子がサトルちゃんを傷つけてごめんなさいなんて謝られちゃってなんか申し訳がなかったよ。露都ごめんね。ジャンバーの事度忘れして。あれちゃんと露都に渡してたらこんな事起きなかったのに。だけど、びっくりだよ。まさかサトルが人と喧嘩するなんて。ホントににおじいちゃん好きなんだね」

「何がおじいちゃんが好きだ!そんな能天気なこと言ってる暇ねえだろ!とにかくすぐ家に戻る。それまでサトルが家を出ないか見張っとけ!」

「露都!いい?お願いたがらサトルを責めないで!あの子だって悪気があって塾にジャンバー着ていったんじゃないんだから!」

「悪気がない方が一層悪いだろうが!今すぐ家に帰ってサトルからそのジャンバー取り上げて翌週の燃えないゴミに捨ててやる!」

「ああ!そんな剣幕で怒鳴り込んだら何もかもめちゃくちゃになるじゃない!全くあなたって予想外のことが起こるといっつも我を失うんだから!いい?とり合えず家に帰ってくる前にあなたからもマー君のパパとママに電話で謝っておきなさい!」

 この絵里の一喝を聞いて露都は急に我に返った。彼はしばらく黙った後で絵里に謝り、そしてマー君の両親への謝罪と、改めてサトルと話し合うつもりだと伝えて電話を終えた。


 それから露都はすぐさまマー君の家に電話をした。するとワンコール鳴らないうちにマー君の母親が出てきた。母親はいつもと変わらず明るい調子だった。彼はとりあえずマー君の母親に謝罪をしたが、母親はまぁ、子供の喧嘩だし当人同士が仲直りしたんだからと笑っていた。露都は謝罪が済んだので電話を終わらせようとしたが、その時マー君の母親が旦那に変わっていいですか?と聞いてきた。露都は大丈夫だと答えたが、露都はこの旦那が苦手であった。確かに絵里と奥さんは仲が良くたまの休日には家族連れで互いの家に通い合うほどであったが、そんな時でも露都はこのかなり有名なデザイナーであるという旦那とは挨拶程度の会話しかしなかった。この旦那の砕けた口調が苦手で会話を避けていたからである。また露都は旦那の雰囲気がどこか垂蔵を思わせるところがあるのも気になった。恐らく旦那の方も逆の立場から自分のことを同じように見ているのだろう。露都はスマホを手に旦那を待っていて妙に緊張してきた。多分旦那とは挨拶程度で終わると分かり切っているが、それでも構えてしまう。露都は息を整えて旦那が出るのを待った。

「やぁ、大口さんどうも!うちのバカがサトル君をからかったみたいで。申し訳ありませんねぇ〜。いやぁ、俺もカミさんからそれ聞いてぶっ飛んじゃいましたよ。息子は俺に似てすぐ軽口叩くから時々人を本気でムカつかせるんです。困ったもんです。でも仲直りしたようでホントに良かった良かった」

 奥さんから変わって電話に出たマー君の父は開口一番いきなりこう捲し立てた。露都は久しぶりに聞くこの男の砕けた口調に気に触るものを感じさっさと形通りの謝罪を済ませて電話を終わらせようと思った。それでとりあえず謝罪の言葉を並べながら会話を終わりへと持って行こうとしたのだか、マー君の父が突然サトルの着ていた革ジャンの事を聞いてきたので思わず声をあげてしまった。

「あの、サトル君が着ていた革ジャンて大口さんが買ったんですか?」

 露都はマー君の父の質問にどう答えていいか迷った。あの革ジャンを垂蔵から貰ったとはとても正直には言えないし、自分が買ったとも、妻が買ったとも言えなかった。しばらく考えて彼はあれは多分サトルがゴミの集積場から拾ってきたものだから非常に困っていると大嘘を言った。するとマー君の父はいきなり思わず耳を塞ぐほどの大声をあげてこう喋り出した。 

「ええ〜っ!あんな貴重なもの捨てる奴がいるんですかぁ〜!あれってサーチ&デストロイの大口垂蔵が自分の子供に着せてたレア中のレアもんじゃないですかぁ〜!どっからか流れに流れてサーチ&デストロイも大口垂蔵も知らない連中に貰われちゃったんですかねぇ〜!あの〜いらないなら私に譲ってくれませんかぁ。困っているんだったら私が引き取りますよ」

 マー君の父がやたらはしゃいだ調子でサトルの着ていたジャンパーの事を話しているのを聞いて露都はなんか自分もサトルぐらいの歳に何回か着させられたような気がしてきて、不愉快な気分になった。垂蔵はどこまでも現れる。まるで背後霊のようにずっと。垂蔵が現れない日なんてあったろうか。長年消息不明だった時も垂蔵はどこまでも頭の隅に巣くっていた。ああ!ウンザリだ!

「ねね、大口さん。週末にお宅に伺うからサトル君のジャンパー見せてくださいよぉ。それとさっき言った事ですけど、勿論無償じゃないですよ。大口さんの言い値で……」

 露都はこの旦那にウンザリしてもう電話を終わらせようと、週末は病院に父の見舞いに行くからと嘘をつき、さらにゴミ捨て場から拾ったものとはいえ、誰かの持ち物で盗品の可能性もあるから警察に届けるつもりだと、職場で身につけた仮初の丁寧さで嘘を重ねて相手に電話を終わらすように促した。結局マー君の父は露都のこの嘘を信じたのか、単に根負けしたのかわからないが、それじゃあしょうがないですねと彼の話を受け入れた。それから露都はマー君の旦那に対して重ねて謝罪しマー君の父のこちらこそという返事の後で挨拶してから電話を切った。


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