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アレフレード・ゲルツナー氏

 氏とは別に知り合いではなかった。しかし皆私に向かって興味津々にゲルツナー氏の事を聞くのだ。私は逆に何故に皆ゲルツナー氏の事を知っているのか不思議であった。

 私がエレベーターでゲルツナー氏と遭遇したのは一週間前である。私が会社が入っているビルのエレベーターに乗って閉めようとしたら氏が駆け込んで入ってきたのであった。私はゲルツナー氏がエレベーター前にいた事に気づかなかった事を謝ったが、氏はこちらこそ待たせて申し訳ないと言って笑った。エレベーターの中には私と氏の二人きりであった。私はその時ゲルツナー氏の事を全く知らず、その首にぶら下げているネームストラップから氏がアレフレード・ゲルツナーという名前である事を知ったぐらいだったので話すこともなく、またゲルツナー氏も私に話しかけてこなかったのでしばらく私たちはエレベーターの中で無言で立っていた。

 そうして私たちはしばらくエレベーターに乗っていたが、突然ゲルツナー氏が私に話しかけきて44階のボタンを押してほしいと頼んできた。私はそれを聞いて変だなと思った。44階はだいぶ前から空き家となっているはずだ。44階を借りていた会社は倒産し会社の経営者はフランスに逃げ、社員の一人はオフィスで自殺したという。しかし私は冷静に考えてゲルツナー氏をビルの関係者だと思い、借り手が見つかったので部屋の調査をしにきたのだと推測した。

「あの、もしかしてビルの関係者ですか?」

 私はこうゲルツナー氏に聞いた。すると氏は不思議そうな顔をして答えた。

「はい、そうですよ。で、なにか?」

「44階やっと借り手が見つかったんでしょうか?あそこ長い間空き家だったから」

「44階?」

 ゲルツナー氏はそう呟くと私をジッと見ながら言った。

「あそこはまだ空き家ですよ。あんな事件があったんですから借り手なんて見つかるはずもないですよ」

 たしかにと私は思った。噂によるとその自殺した社員は若い男であり、最近郊外に家を買って妊娠中の妻と仲睦まじく暮らしていたらしい。そんな時に会社が突如倒産したので絶望のあまりもぬけの殻となったオフィスで焼身自殺したということだ。これはあくまで噂でしかなくその自殺したという社員の名前もわからない。私はゲルツナー氏に向かってでは部屋の保全のための調査ですかねと重ねて聞いた。すると氏はうんざりしたような顔で私に向かって言った。

「私が44階にどんな用があろうがあなたの知ったことではないではないですか。いい加減にしてください」

 私はゲルツナー氏の厳しい表情に気圧されてそれ以上氏に話しかけることはなかった。

 エレベーターが44階に着いてドアが開くとゲルツナー氏はドアの向こうの暗闇へと消えていった。私はそのままエレベーターに乗り50階にある自分のオフィスがある自分の階に着くとさっそくオフィスにいる同僚に先程エレベーターであった事を話した。彼らは私の話を聞いて驚き何度もゲルツナーってあのゲルツナーかと私に聞いてきた。自分でも幾分能天気な所のある私はその人は有名人なのかと友人に尋ねた。すると彼らは暗い顔をして俯いて言った。

「お前、知らないのか?そのゲルツナーって十年前に44階のオフィスで焼身自殺自殺した男だぞ。深夜に自殺したらしいけどその現場を見た警備員から聞いた話だと死体は全身黒焦げでとても見ちゃいられん状態だったそうだ。自分の席にネームストラップと妻への遺書置いてな。全く陰惨な話だよ。つまりお前が見たのはゲルツナーの幽霊だよ。噂で聞いてたけどやっぱりいたんだな」


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