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某救世主の復活の真相はこれです!

 ナハレの聖者イエスマンはロールパン帝国のユズヤ属州総督ピラフにより邪教を布教した罪でゴルゴ13の丘で磔の刑を宣告された。刑の執行日は明日である。市中引き回しの上、夕陽をバックに彼は磔にされる。イエスマンは今牢獄の中で自らの宗教を布教した事を真剣に悔いていた。ちょっと小銭が欲しくてYouTuberの真似して集金活動しただけなのに、こんなんなっちまってもうどうしたらいいかなんて悩んでもしょうがねえ事態だよ。あの時カッコつけて最後の晩餐なんてやらないで逃げりゃよかったんだよ。そもそもユタンポが裏切って俺がオナニーしているところを密告しなきゃこんな事にはならなかったんだ。

 しかし虚しく時間は過ぎていった。一人きりなんて随分久しぶりだ。昔は弟子に隠れて買った女の子とずっと一晩中過ごしていたのに。

 イエスマンは承認要求が満たされまくっていた過去を思い出して泣いた。もうダメだ。俺やっぱり死にたくないよ。その時彼は格子の向こうに誰かが立っているのに気づき、泣くのをやめて顔を上げた。

 そこには厚い兜を被った一人の兵士が立っていた。兵士を見たイエスマンは刑の執行が早まったと考え発狂したようにイヤだイヤだ死にたくないと喚きだした。すると兵士は泣きわめくイエスマンに向かって口に手を当ててシーっと合図して微笑んだ。イエスマンはこの兵士の態度に驚いて彼を凝視した。その彼に向かって兵士は言った。

「イエスマン様、私はあなたの信者でございます。磔にされると聞いていてもたってもいられなくて当番の兵士と無理矢理交代してここに来ました。今からあなたをここから出して差し上げます」

 イエスマンは兵士の申し出は罠ではないかと思った。神の子と崇められ奉られた俺に恥をかかせて貶めまくってから磔にするつもりだ。そうなったら俺はただの臆病者の詐欺師として名を残してしまう。それはダメだ。やっぱり奇跡なんか起こせない。今までみんなを騙してたけど奇跡なんて起きゃしないんだ!イエスマンはいつものようにカッコつけて兵士に手を払って拒否の姿勢を示した。だが兵士はそれに対して首を振りその厚い兜を外したのである。イエスマンはその顔を見てびっくりした。なんと髭なしの自分そっくりではないか。

「イエスマン様、中に入ってよろしいでしょうか?」

 兵士の頼みにイエスマンは餌を啄む鳥のように超高速で何度も頷いた。兵士は返事を聞くとすぐに牢屋の鍵を開けてイエスマンの前に立ったのである。

「イエスマン様、私と服を交換してくれませんか?私とイエスマン様は瓜二つでございます。私は髭で覆われたあなたを見て自分と瓜二つの人間が救世主である事に運命を感じました。私はご覧の通りしがない一介の兵卒でしかありませんが、公衆便所で説教をしているあなたを見て自分の生きる道を一瞬にして悟ったのです。あなたの身代わりになることそれが私の人生なのだと。イエスマン様、お願いです。私にあなた様の身代わりを務めさせてください」

 このあり得ない申し出にイエスマンはマジ最高!磔獄門なし!超やべえと喜んだ。三十過ぎても働かずただバズりたいがために救世主を気取っていたこの男は今初めて命のありがたみを知ったのである。

「さぁ、イエスマン様、他の兵士が気づく前に服を交換しなければ。あと剃刀も持ってきましたので今すぐ御髭を剃ってください。そしてこれはついでですがつけ髭のスペアを差し上げましょう。私はあなたの身代わりになるために長髪のかつらとつけ髭を沢山購入していたのです。イエスマン様もう時間はありませぬ」

 ここまで善意の人間がいるとは!ひょっとしてお前が救世主なんじゃないかとイエスマンは一瞬思ったが、しかしあっさりと我にかえりやっぱり救世主は俺は俺しかいないと、さっさと自分のボロを脱いで兵士に早くしろよこのボケ!そんなとろくてよく俺の身代わりになろうと思ったなとどやしつけたのだった。

 さて、時間は砂時計よりも早く朝を迎えてしまった。兵士に変装して番人部屋でぐっすりと寝まくっていたイエスマンは日が昇ると長髪に髭と完璧に自分の変装をしている兵士を叩き起こしに行った。

「オラ!このクソボケ!このインチキ邪教の宣伝マン野郎め!さっさと起きろ!お前は今から市中引き回しの刑を受けるんだよ!」

 イエスマンはもうバレないように遠慮なく自分に変装している兵士を怒鳴りつけたが、心のすみっこのチリぐらいには自分の言動を反省していた。いくら何でも自分の身代わりになってくれる人にこんな仕打ちをすることはないだろう。だが彼はイソップ童話にペルシャの役人をだますためにあえて主君を鞭で叩いたというベンケイという男の話があったことを思い出し、自分も同じことをやっていると思い込ませて自分の行動を強引に正当化した。

 それから兵士が変装しているイエスマンは十字架に括り付けられて奴隷たちによって市中を引き回しにされた。市民はこの邪教の布教者にあらん限りの罵声といろんなものを、口にできないほど酷いものまで投げつけた。兵士の変装をしているイエスマンは華麗にすべてかわしたが、イエスマンの変装をしている兵士はすべてもろに食らった。しかし長髪のかつらにつけ髭を蓄えた兵士はそれに対してただにっこりとほほ笑んだ。それはまさに救世主そのものであった。兵士の格好をしたイエスマンは自分の格好をした兵士のあまりに崇高な態度に一瞬魅入られそうになったが、やっぱり救世主は俺一人と率先して鞭で兵士をぶっ叩いた。

 そしていよいよゴルゴ13の丘についてしまった。ここで今から磔の刑が行われるのだ。もう引き返せない。兵士の格好をしたイエスマンは丘に着くと急に不安になった。兵士の野郎、まさかここに来て僕はイエスマンじゃありません。本物は僕を散々ぶっ叩いたこの兵士ですとか言い出したら俺はもう終わりだ。ああ!と彼は苦悩の叫びをあげた。だが、十字架の上の兵士はその彼を安心させるように耳元でこういうではないか。

「イエスマン様、ご安心ください。僕は最期まであなたの身代わりとして天国に行きます。きっとそれが神の思し召しだと思うのです」

 兵士のこの言葉を聞いてイエスマンは泣きそうになった。自分の身代わりとして磔の刑に処されようとしているこの若者。ただの兵士なのに何故自分のために犠牲になるのか。ああ!この憐れな子羊を救うことは出来ないのか!

 やがてピラフがイエスマンの格好をした兵士の前に近づいた。ピラフはこう言った。

「最期に何か食べたいものはあるか。ピラフなんかどうだ?」

 イエスマンの格好をした兵士は口を閉じたまま首を左右に振った。

「じゃあ炒飯はどうだ。安いがうまいぞ」

 イエスマンの格好をした兵士はもっと大きく首を振った。

「なぜ食わぬ。ワシの残り物など死んでも食いたくないというのか」

 そのピラフに対してイエスマンの格好をした兵士は答えた。

「食い意地の張りすぎたあなたに愛を捧げます。せめてもう少し痩せられますように」

 このイエスマンの言葉はゴルゴ13の丘に集まった人々をどよめかせた。ああ!なんという大胆な言葉か!あのピラフに今すぐダイエットせよとのたまうとは!もしかしたらあれはまさに救世主かもしれぬ。

 ピラフは暗にデブだと指摘されたことに怒っていた。彼は兵士に変装しているイエスマンに早くコイツの両手両足を十字架に釘付けにしろと命じた。

 兵士に変装したイエスマンは泣く泣くだが思いっきり自分に扮した兵士の両手両足を十字架に釘付けてやった。その時イエスマンは兵士の絶叫が痛まし過ぎて耐えられず黙れと思いっきり兵士をぶん殴った。

 とうとうイエスマンに変装した兵士釘付けにした十字架がゴルゴ13の丘に高々と掲げられた。しかしそれでもイエスマンの身代わりとなった兵士に迷いはなかった。彼は公衆便所で説教をしていた頃のイエスマンの聖なる姿を見たままに、というか自分の中でとんでもなく理想化したイエスマンそのままに、純粋に人を恨まず、本物の単なるクズで、しかも一番酷くいぢめてきたイエスマンにさえ優しく微笑んだ。

 それは何という感動的な光景だったろうか。このゴルゴ13に集まった群衆は兵士が変装したイエスマンの両手両足から血を流しただ天を見つめるその姿に泣いた。イエスマンの他の兵士たちでさえ泣いた。ピラフたち上級役人でさえ泣いた。ああ!ピラフは今自分のしでかした事を後悔していただろう!せめて最後にピラフや炒飯じゃなくてキャビアかフォアグラを勧めておけば多少罪悪感が薄れたのにと。イエスマンは真から十字架に磔にされている兵士に詫びた。ああ!何故お前が俺の格好して死ななきゃいけないんだ!俺は救世主じゃないからお前を救えないのに!そのイエスマンの耳に兵士の声が聞こえた。

「いいえ、あなたは本物の救世主です。僕が死んだらお仲間たちの所に戻りなさい」

 イエスマンはハッとして磔の兵士を見た。兵士は今苦悶の果てにこと切れようとしていた。夕闇の空に人筋の光が磔の兵士を照らし出した。その光が突然強い光を放ちゴルゴ13全体を照らし出した。丘にいたものはたまらず目を瞑った。

 目を開けると十字架にはすでに息絶えたイエスマンの姿があった。ああ!だがそれはイエスマンではなくイエスマンの身代わりとなったただの兵士だったのだ。しかし人々はそのイエスマンの死を悲しんだ。群衆も、兵士たちも、ピラフたち上級役人たちも、そしてイエスマン当人も!イエスマンの身代わりとなった兵士が十字架から降ろされるとピラフは兵士の変装をして泣き崩れているイエスマンに向かって言った。

「このものを丁重に埋めよ」

 イエスマンは自分の身代わりとなった兵士を十字架の下に埋めながら俺はお前の遺志を継いでまともな救世主になると誓った。


 三日後、ヘドロたち十二使徒たちがどっかにあばら屋で磔にされたイエスマンを忍びながら女の子と合コンしていた時、光と共にイエスマンが現れた。ヘドロたちは死んだと思っていた救世主の復活にびっくりして思わず賞どころか大までちびってしまった。ひっひー!あなたのへそくり使って女の子たちと合コンやってすみませんでした!許してください!お願いだから殴らないで!だがイエスマンは昔と違ってこのバカ者だらけの弟子を殴ったりしなかった。手をかざしてお前も真人間になれを、今までだったらありえないほどまっとうな説教をしたのである。まさか死んでDNAから全部生まれ変わったのか?

 弟子たちはこの光り輝くイエスマンに誠の救世主を見た。まさかあの詐欺師が死んで真人間になって帰ってくるとは。しかし後の世の我々は弟子たちがただ誤解をしていたに過ぎないことを知っている。イエスマンは復活したのではなくて単に更生したに過ぎない。そのイエスマンを更正させたのはただのあの名もなき一介の兵士であった事を。そして賢しい人ならこう考えるだろう。この兵士こそもしかしたら救世主その人でなかったかと。

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