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全身女優モエコ 高校生編 第六話:全国高等学校演劇大会

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 いよいよモエコを東京へと飛び出させた大事件について語る時が来た。この事件はモエコに多大なる苦しみを与えたが、しかしこの事件がなければ彼女は今我々が知る全身女優火山モエコになることはなかっただろうし、今頃は孫に恵まれた幸福な老後を過ごしているかもしれない。しかしそうなる事は運命が許さなかったのだ。なぜなら彼女は全身女優火山モエコとなるべくこの世に生まれたのだからだ。


 近づく全国高校演劇大会に向けてモエコをはじめ舞台に出演する演劇部員は猛稽古を重ねていた。主役は去年に引き続きモエコがやる事になった。部員の中にはモエコが再び主演する事について不満に思うものもいたが、彼女が持つ華々しさは誰もが認めざるを得ず、ただ黙り込むしかなかった。

 モエコたちが今年の演劇大会の舞台演目に選んだのはあの有名な『カルメン』である。『カルメン』とは勿論プロスペール・メリメの小説で後にジョルジュ・ピゼーがオペラ化した事で世界的に知られるようになったあのカルメンであり、現代の高校生が舞台にするにはいささか古めかしい題材だが、これは去年の地区予選に現代を舞台にした創作演劇が大失敗に終わったことへの反省だった。部員達は今年は昨年の失敗を繰り返さないために古典でいこうと決めていたのだ。


 さっき言ったようにモエコは去年の演劇大会で一年生であるにも関わらず主役に抜擢されたが、それは昨年まで部長だった男の強い推しによるものだった。男は学生運動に強いシンパシーを抱いていたおり、常々それをテーマにして芝居を書きたかったが、そこに入部してきたモエコが現れたのである。彼はモエコを見た瞬間一瞬で彼女に魅入られてしまった。坊ちゃん嬢ちゃん揃いの演劇部に一人入部してきたこの貧乏人の気の強い少女の登場は、彼にとっては初めて見たプロレタリア階級の人間であり、強い革命への理想を抱いてた彼にとってモエコの存在は虐げられた庶民そのものであり、革命の旗を掲げる女神であった。部長はモエコと一緒に芝居をしているうちに彼女の才能と彼女自身ににすっかり惚れ込み、モエコをイメージして一本の芝居を書くことにした。彼はそのモエコをヒロインにした台本で、自分の革命への思いを熱情を込めて書いた。この気の強いはすっぱな少女こそ近づく革命のヒロインにふさわしい。彼はモエコに自分の革命の理想を託したのだ。

 部長は台本が書き終わると早速部員たちを前にして、今年の演劇大会はモエコを主役にすることにした。きっとこの舞台は大反響を呼ぶことになるだろう。この田舎の高校から革命をおこすんだ、と激しく捲し立てた。部員たちはまだ一年生のモエコが主演を務めることと、芝居があまりにもポリティカルなことに反発したが、部長の強い説得に負けて要求を飲み込んだ。

 それから部長の壮絶極まる稽古が始まった。プロレタリア革命に取り憑かれた部長の熱狂ぶりにあてられたのか、冷ややかに見ていた部員たちさえ積極的に稽古に参加するようになった。部長は稽古の間ずっとこう捲し立てていた。

「俺たちは演劇大会で全国に出るために芝居をするんじゃない!演劇大会でスキャンダルを起こすためだ!俺たちの舞台はきっと大スキャンダルを起こすだろう!俺たちの舞台はいわば芝居の爆弾だ!俺たちの力で学校やあらゆる権威を爆破してやろうぜ!」

 基本的に自分のことにしか興味のない人間であり、学生運動にも革命にも何の興味がなかったモエコさえ、この部長の言葉に洗脳されたかのように革命革命と言い出してしまった。部長が、君の今の悲惨極まる現状を変えるには革命しかないんだと言うと、モエコはクズの両親や小学校時代のいぢめっこを思い出して、「そうよ!私はアイツラにずっといぢめられ虐げられて来たんだわ!今こそ革命を起こすときよ!私もそこら中に爆弾を落としてやるわ!」とすっかり発奮して、虐げられた者の復讐を受けよ、小学校時代のいぢめっこの家に爆竹を放り投げたりして過剰なまでに役にのめり込んでいった。

 その爆弾発言の部長が書いた芝居『太陽は僕たちの背中から昇る』は大体次のような内容だ。舞台は自校がモデルのとある高校であり、モエコ演じる主人公のおきゃんぴーはそこに転向してきたプロレタリア階級の気の強いはすっぱな美少女である。彼女は学校の校則やしきたりを馬鹿げたものとあざ笑ったが、誰かの告げ口でそのことが学校の教師たちに知られてしまう。侮辱された教師たちはなんだかんだ無理矢理な理由をつけておきゃんぴーを退学処分にするが、仲間たちは彼女の退学の撤回を求めて校舎に立てこもり、教師たちと果てしなき籠城戦を繰り広げる。

 ざっと粗筋を説明するとこんな芝居だが、いかにも当時の青少年が考えそうな内容の話である。部長のスキャンダルを巻き起こしてやるという発言もまた学生運動にかぶれた青少年にありがちな物言いだ。だが彼らはあくまで彼らは本気であった。稽古の間中ずっと革命革命と叫び続けたのだ。

 しかしいざ地区大会でこの舞台が上演されると、場内はスキャンダルどころか失笑と爆笑の渦で包まれた。観客はモエコや部長やその他の部員が熱演すればするほど笑い、とうとう幕の終わりは大爆笑のカーテンコールで終わってしまった。しかも舞台が終わっても客は笑いなかなか次の演目を始めることが出来ないので、注意のアナウンスまでされる始末であった。特に観客が笑ったのはモエコふんする主人公のおきゃんぴーが機動隊に殺されてしまった後、彼女の遺体を抱えて仲間たちが背景の下手くそな絵の夕日を背に「僕らは諦めない!いずれ太陽が僕たちの背中から昇るはずだ!」と替わり替わりにセリフを連呼するところであった。

 彼らが革命への思いを表現した舞台は参加校中ダントツの最下位であり、他校の生徒から失笑されるのを見て、モエコはやっと目が覚めた。彼女は会場を出るなり発狂して部長に殴りかかった。こんなクソみたいな芝居で私に恥をかかせやがって!何が革命よ!何がスキャンダルよ!笑いものにされて!これじゃまるでドリフターズじゃない!部長は同志よやめてくれ!と叫んだが、モエコはなにがどうしようよ!いまさら後悔しても遅いわよ!と単語の意味さえわからずただ殴り倒した。結局部長は翌日引退し、残された演劇部員達はしばらく他の生徒からの笑いものになっていた。部長はそれからどうなったかは知らない。噂では東京の大学に進学した後、飛行機のハイジャックに参加しようとしたが、交通渋滞で乗り遅れてしまったらしい。それからの消息は噂でも聞かない。


 今年の演劇大会の演目を『カルメン』にすべきだと主張したのはやはりモエコである。モエコはカルメンこそシンデレラに続いて私が演じるべき役。この名門演劇部の堕ちるところまで堕ちた評判を取り戻すには私がカルメンをやるしかないのよ!ハッキリ言ってあなた達じゃ役不足よ!とモエコは役不足という言葉を誤用してまで熱くアピールしまくったが、当然モエコのあまりに無礼な物言いに腹がたった部員は数多くいた。しかし彼らはモエコが陶酔しながらカルメンについて語っているのを聞いているうちに、舞台のイメージが湧いてきて、モエコがカルメンにぴったりのような気がしてきた。一人の生徒が恐る恐る古典だったら、やっぱり定番のロミオとジュリエットが良いんじゃないかと口を挟んできたが、モエコはそれを聞くとかっとその生徒を睨みつけ、私がカルメンをやりたいって言ってるんだからアンタはおとなしく黙ってればいいのよ!と激しく怒鳴りつけた。その場にいた部員たちはそのモエコの姿がますます傲慢なカルメンそっくりに思え、きっとカルメンと同じようにモエコもろくな最後は遂げないだろうと皆心の中で思ったが、しかし誰も口にだせず口を固く閉じた。その後採決があり、結局全員一致で今年の演劇大会の演目はモエコ主演の『カルメン』に決まった。

 こうしてモエコは晴れてカルメンを演じることになったのだが、浮かれきっていた彼女はこれが悲劇の序章であることに気づくはずがなかった。











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