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#俳句でぽん2:『そっと。』‐3分小説

これは5つの俳句から紡がれた短編小説です。

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秋は

嫌いだ。


「何が」と答えられたら楽だと思う。
ただ…ぽっかりと空いた僕の穴を
少し冷たい風が
いとも簡単に吹き抜けていく…
それが悔しくもあり 寂しくもあり
まざまざと穴を見せつけられている様で

嫌いだ。


玄関を出ると吐いた息が白に染まり少しづつ僕の足元へと落ちてゆく。
石畳の隙間に家を設けた蟻たちも
冷たい空気に顔をあげ ふっと小さな白い息を確認しては
暖かな地面の下へと戻りゆく。
かわるがわるに顔を出す蟻たちは
同じように秋の朝を一匹ずつ確認しては納得し、
一匹残らず全ての者が確認するまでずっとこれを続けているのだろうか…。

家に沿って植えられている朝霧草に朝露がきらりと光ると
そっと吹いた風が葉を揺らし雫が落ちる時間を告げる。
ぽとんと地面を打ち付けた雫は 粉々になって蟻の巣にかかり
肌で感じた冷たさに 蟻たちが身震いをしては足早に家へと戻ってゆく。


秋は…
何故にこうして小さな動きが心に留まるんだろう。
そっと声なき風がささやきかける。

足を出したと同時に舞い込む風も
やっぱりどこか悲し気で
空を見上げれば そんな風に吹かれる雲が
まるで南下する渡り鳥の軌跡を描くようにすっと引かれ

川沿いの緑を背に咲き誇る曼殊沙華は
そんな雲に別れを告げているのだろうか。
何を思うのか…ただ凛と咲き誇る姿に
僕の穴がジンと痛む。


何時からだったろう…
自分の中にある穴に気づいたのは。
虫に食われた洋服の様な小さな穴が
時間を重ね風を通すまでになり、
やがてはヒューと音を立て…
今では何の抵抗もなくただ吹き抜ける。


遠くからぼんやりと見つめていた曼殊沙華の前に
小さな老女が立ち止まった。
今にも零れ落ちそうなほどの笑みで見つめ、その皺くちゃの手で優しく花を撫でながら…。

その姿は僕の感じる秋ではなかった。
僕の嫌いな秋からは遠く離れたものだった。
まるで、何を思うとも知れない花を老女は理解しているかのように。

じっと立ち尽くす僕に気づいた老女は、僕にニコリと微笑みそして手招きをした。吸い込まれるように足が出る…まるで穴を埋めてもらえるのではないかという錯覚に陥るように すっと彼女の立つ曼殊沙華の元まで。

「曼殊沙華しっちょるか?」
優しく問いかける彼女に首を縦に振る。
「曼殊沙華はな…天界に咲く花だといわれとるんじゃ…決まってお彼岸に合わせて咲いてくる。。。」
はぁ。。。と彼女の細くなった瞳を見つめる。
「天界とこの世が最もちこーなるこの時期に二つを結んでくれる大事な花じゃよ。」
茎にそっと指を這わす。
「全ての命を愛おしんで咲いてくれる…まるでうちのお父さんがわろーちょるみたいに見えるでな。」
きらりと光る老女の瞳は それでも細く笑っていた。
「ちーっともの寂しくなるこの時期に、大事なもんさわすれんなー言われとるみたいさ。お前さんもいつか分かるでな。」
そういってぎゅっと僕の手を掴むと曲がった腰に手を回し小さな巾着を揺らしながら歩いて行った。


なんだか…ものすごく
大切な何かを
言われたような
気がした。。。


傍の家の垣根から見える薄紅葉…
一枚の小さな葉の中に緑や黄色、薄赤に朱色…
沢山の色どりを纏って僕にそっと手を振っていた。

母さんが亡くなったのは4年前の紅葉が青々と葉を広げるころだった。
「今年も綺麗に舞うかしら…」
力なさげに病院の窓から外を見つめ笑った母さん。
一人で僕を育て上げ、それでも笑顔を絶やさずに
僕のそばでいつも笑ってくれていた母さんが今、
僕にそっとあの板垣から手を翳して微笑んでくれているような気がした…。


と後ろから息の切れる音がして、ふと振り返ると
エプロン姿のまま心配そうな顔できょろきょろと見まわすひとりの女性がいた。はぁはぁと吐く息が白いベールの様に彼女の顔を覆う。
僕を見つけると、息を一つ飲んで駆け寄り
「すっ…すみません。この辺りで、こう…これくらいの小さなおばあさん見かけませんでしたか?」片手を自分の胸あたりに翳し僕の顔を覗き込んだ。

「あっ…っと…きんちゃく袋をもっ…」

「そうです!!!!」

僕の言葉を待たずにグイっと身を乗り出す。


その瞬間 秋の香りがした。

寂しさでも哀しさでもなく、秋の…香り。


「さっ…さっき 一緒にそこの花を見ていて…あっちの方に…」

老女が消えていった方向を指すと、ばっと向きを変え
「ありがとうございます!!」と一礼すると、秋風よりも早く
彼女は過ぎ去っていった。


薄紅葉を振り返ると…

なぜだろう…

色が…秋の色がとてつもなく美しく見えた。





何時からだろう…
僕の穴がふさがり始めたのは…
「何か」が、ぽっかりと空いていた穴を
いつの間にか癒していった。
吹き抜ける風が、音を鳴らすようになり
やがては虫に食われた洋服の様な穴になり

今はこうして心全部で秋風を受けている。


小さな手を 愛する人との間で掴んで
今年もまた
息が白くかかるこの時期に
あの川沿いに咲く曼殊沙華を…
僕の義理祖母が教えてくれた秋を尋ねに
行こうと思う。

大好きな

大切な

秋に…。



そんな僕に薄紅葉がそっと笑った。



(おわり)


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#俳句でぽん  第二弾です:)



今回はこちらの5名の方の素敵なご句達を折り合わせて
秋を届けさせていただきました。

●しろくまきりんさん

とにかくふとした情景をすぽっと抜き出して心を可愛く乗せてくれるお方です。本当に一つ一つが「可愛い」!小さな秋をこんなに可愛く届けてくださるしろくまさん…お人柄がすごく出ているなといつも思います:)引用させていただいたご句も…小さな小さな秋色です:)

●リコットさん

リコットさんの詠まれたこちらのご句は、本当に情景がきれいなんです!!静けさの中にふっと浮かぶ美しさはまるで映画の一シーンの様に繊細で、なのにふっと息を吹きかけたくなる。。。そんな幻想にも似た美しいご句です:)是非お読みください。

●緋夢灯さん

緋夢灯さんのこちらのご句は、秋の形の一瞬を空に羽ばたかせるようなご句です。空を見上げて巡らせる思想は何処までも旅に出られるのだと…そう感じさせてくれる、日本固有の美しさをも練り込んだ素敵な物です。


●みゆさん

みゆさんの秋色は本当に色とりどりに変色します。何処か物寂しい秋の季節、私にはふっと静まるものしか連想させない言葉達を、みゆさんは情景も心情も時には涙色に、時には力ず良さに代えてくださるご句達を届けていただきました。このお話の秋の変化はみゆさんの3つのご句から生み出させていただきました。


●月草さん

届けていただいたご句の全てに、ふとどこか違う場所へ連れて行ってくれるような、そんな素敵が詰まったご句を詠んでくださいました。ふとどこかに行くような、帰ってくるような…大きな空から小さな草を分けて覗いた世界まで届けてくださっています。


皆さま、素敵なご句を届けてくださり、どうも有難うございました。


#俳句でぽん

細やかながら、始めさせていただきました:)

こちらの記事の最後に企画とまではいかない企画もどき
#俳句でぽんを紹介させていただきました

十六夜杯俳句の応募作品の中から複数(二つ以上)の作品を織り込んで
新しい作品を作り上げる
という企画で、
第一弾ではよねちゃんさんMiteiさん、そして春野さん
素敵なご句3つを織り込んだショートショートを書かせていただきました:)是非こちらの三名のご句達もお読みいただければと思います:)

私の小さな呼びかけに…よねちゃんさんが
早速作品紡ぎをしてくださいました:)

ものすごく繊細な心の在り方を優しく届けてくださったこの作品には
5名の応募俳句が組み込まれていて、巧みにすべてを紡ぎあげてくださいました!!

実はこの#俳句でぽん…ノート始めてからの私の初企画なんです!!!

今まで企画という羽根にのせてもらっていただけの私ですが、
今回 羽を作ってみたのです。
不安もある中、こうしてすぐに羽根に乗車してくださったよねちゃんさん、、、心から感謝申し上げます:)本当にありがとう:):)!!


十六夜俳句はまだまだ始まったばかり!!
こちらにどんどん応募して、
私にも沢山の#俳句でぽんを書かせてください:):)



ありがとうございました:)

七田 苗子


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