置き去りにしてきた自分を迎えに行こう
大雑把なのに、あるところにはとても細かく
合理的なはずの人が感情に振り回されたり
弱くて甘えん坊かと思いきや、強さを見せる
優しいけど、たまに毒を吐く
そんなふうに、人はもともといろんな顔を持っています。
ですが。
知らず知らずのうちに、人の期待に応える。
周りの思う"自分らしさ"に自分を合わせる。
そしてどんどんその枠にはまっていく・・・ということがあります。
窮屈。
または、
傷ついた自分の要素をなかったことにする。
これもよくあります。
たとえば、落ち込むことなんてないかのように、いつもポジティブな人がいたとします。
過去、"ネクラ"とからかわれた事があったり。
または、"いつもニコニコしてないとダメよ"と言われ続けたり。
何がしかの体験が影響している可能性があるかもしれません。
そういう体験を通し、"落ち込んだり愚痴をこぼしたりクヨクヨしたりすることはよくない事"として自分の中に無意識に抑圧します。
それが強固になり、いつしか鉄壁のポジティブモンスターになっていく、ということもあります。
自分でそれを自覚していれば良いのですが、
傷つきが深いと、抑圧した部分を一生懸命出てこないように押入れにギューっとしまいこんで、更には、しまっていること自体を忘れます。
自分にはあたかもそんな要素は存在しないかのように振る舞い続けて、自分のことも騙してしまう。
「私って、サバサバしてるから〜!」
みたいな感じでしょうか。
器の広い自分でいなくては!とそうでない自分を過剰に排除して、いつもイイ人になってしまうというケースもあります。
程度や数の差こそあれ、これは誰にでも色々あるのです。
これは、疲れや、生きづらさや、時に病のもとになります。
不自然なことをしているのですから、当たり前といえば当たり前なのかもしれません。
大人になる過程でやむなく切り離し、仲間から外していった内なる子ーいわゆるインナーチャイルドーを、
大人になった自分が迎えに行ってあげるのは、どうでしょう。
嫉妬深い自分
できない自分
傷つきやすい自分
ナマケモノの自分
腹黒い自分
あるいは、
ずっとクール一辺倒だったあなたは、
もしかしたら、とても情にアツい自分を。
私のセッションの中でも、
色んな自分に再会していった人たちがいるのですが。
見るのがこわい
見たくなかった
そこを経て、
でも見つけられて良かった
となっていきます。
切り離して押さえ込んでいるものに、ある程度自覚がある場合は、人の手を借りなくてもある程度統合していくことは可能だと思います。
どんな自分もいていいんです。
器を広げて受け入れていくことが、
大人としての成長です。
私も、より多様で彩り豊かな、本来の自分になっていきたいと思い、向き合っています。
あなたを待っている内なる子たちには、どんな子たちがいそうでしょうか。
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