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短編小説

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#小説

【小説】ハッピーエンド(第一回あたらよ文学賞応募)

【小説】ハッピーエンド(第一回あたらよ文学賞応募)

 第一回あたらよ文学賞に応募しました。
結果はニ次落選でしたが、嬉しい講評もいただけて、本当に参加してよかったです!

 以下、本文です。(約6700字)

         ◆◆◆
「カーペンターズって知ってるか?」
 私が訊ねた声が、薄暗い店内にふわりと浮かんだ。平日の夕方、行きつけの居酒屋は今日も私以外に客の姿はない。真冬の空は、すでにとっぷりと夜の闇に浸っている。
「知ってますよ。ずいぶん

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【小説】始まりの兆し、終わりのキッカケ

【小説】始まりの兆し、終わりのキッカケ

(約9,800字) 2023/12/26追記

「月が出てる」
 半歩先を歩くダイスケさんが白い息を吐きながらそう言った。12月26日の月曜日だった。
 道路に積もって凍った雪を踏む、わたしたちふたりの足音が、静かな住宅街に響いていた。綿をちぎってばらまいたような雪がふわふわと舞っている。
 ダイスケさんの視線を追いかけて東の空を見上げると、山吹色のほそい月が浮かんでいた。下弦の月だ。
 夜空が瞬

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【小説】星へ(第29回電撃小説大賞応募)

【小説】星へ(第29回電撃小説大賞応募)

約19,000字
第29回電撃小説大賞で三次通過(四次選考で落選)した物語です。
書いている間、自分自身がずーっと楽しくてわくわくした思い出の小説です🌌

    ★

 土曜日の午後二時。あの頃よく通っていた定食屋で、一人テレビを眺めている。

 入り口以外に窓がないからか、店内全体が日陰に入っているように薄暗い。昼時の混雑も終わり、客の姿はまばらで、厨房からは食器を洗う音が聞こえてくる。

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【小説】その苦しみの欠片ひとつ

【小説】その苦しみの欠片ひとつ

(約3700字)

「どうしてさあ、」

太陽の方向から声が落ちてきたから、わたしは反射的に顔を上げ、眩しさに目を細めた。
声の主は、わたしの身長と同じくらいの高さの防波堤の上を、太陽を背負って歩いていた。

高校の授業が終わって、幼馴染のハルと、海沿いの道を一緒に帰っているときのことだった。

「ーーーーのかな?」

海のほうを向いたまま続きを喋ったハルの声が、風に連れ去られる。

「なに??」

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【小説】続き

【小説】続き

(906字)

ベッドの上で目覚めると、あなたがいなくなっていた。

わたしはアパートを飛び出し、あなたを探した。
夜の冷たい風が、無防備な身体を容赦なく刺した。

あなたは、映画が好きだった。
わたしの部屋に来るときは必ず、コンビニの袋とレンタルショップの袋を下げていた。

「今までみた映画で1番好きな映画は?」
 わたしが訊ねると、あなたは、

「考えたこともなかった」
 と答えた。

 しば

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【小説】君が月(1/1話)

【小説】君が月(1/1話)

約16000字
おじいさんが主人公です。
もしも頭の中で過去と現在の見分けがつかなくなったらどうなるんだろう、という空想から生まれた物語です。

   *

 目が覚めると、隣で眠っているはずの君が、いなかった。

 パジャマからセーターとスラックスに着替え、一階へ下りていく。家の中は物音ひとつせず、空気さえもまだ眠っているかのようだった。リビングへ続くドアを引くと、キイ、と蝶番がきしむ音がやけに

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【小説】少年とクジラ(1/1話)

【小説】少年とクジラ(1/1話)

 ある少年が、一頭のクジラに出会った。
 月光の欠片が海面をきらきらと漂う、静かな夜だった。

 少年は真っ暗な海底のような表情をしていた。
 クジラのほうも、月のように穏やかな瞳で少年を見つめていた。

 少年が口を開いた。
「人間の世界はつまらない。窮屈で、貧しくて」
 少年の言葉が泡になって上っていく。
「もう、嫌になったんだ」
 少年は、目を伏せうつむく。

「あなたは何もかも知っているん

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【小説】少女と風(1/1話)

【小説】少女と風(1/1話)

 ある少女がひとり、海を眺めていた。
 レモン色の陽射しが、水平線を照らしている。

 ふいに、少女の耳に声が届いた。

 「知ってる?あの海の中にはね、全部があるんだよ」

 はっとして辺りを見渡すものの、生き物の気配はない。
「全部?」
 少女は思わず聞き返し、じっと耳を澄まして答えを待つ。

 すると再び、声が聞こえた。

「そう。もう二度と戻らない命も、いま生きている命も、これから生まれる

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