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小説《魂の織りなす旅路》

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光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なの…
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#娘

連載小説 魂の織りなす旅路#18/老人⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#18/老人⑵

【老人⑵】

「君の言うとおりだったね。耀(ひかり)は女の子だ。」

 そう呟くと、父親は空中ブランコを見上げ、娘に手を振った。娘は嬉しそうに手を振り返す。明るく素直ないい子に育っている。
 妻はいつも、大きくなったお腹を愛おしそうにさすりながら、この子は特別なのと言っていた。父親は、自分の子どもが特別なのは当然だろうと思いつつ、妻がそう口にするたび妻のお腹をさすり、この子は特別だよと頷いた。
 

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連載小説 魂の織りなす旅路#44/失明⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#44/失明⑵

【失明⑵】

 まずは、目が完全に見えなくなってもスムーズに家の中を行き来できるよう訓練を始めた。
 目を閉じて歩いていると、思わぬところで物が落ちたり、足や腕をぶつけたりする。そういった歩行の邪魔になるものを片付けていたら、家中がすっきりとして、思いもよらずいい断捨離になった。

 見えるうちにやっておけることは山ほどある。家具の配置を変え、蹴飛ばしてしまいそうなものは排除し、知り合いの業者に頼

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連載小説 魂の織りなす旅路#45/失明⑶

連載小説 魂の織りなす旅路#45/失明⑶

【失明⑶】

 「マンションってね、窓が1つしかないの。ベランダに通じる窓だけ。ほかの3面は分厚いコンクリートに覆われていて、仕事をしていると息が詰まっちゃう。独立したときに帰ってくればよかった。」

 独り身の娘は数年前に独立開業し、在宅の仕事をしている。社会人になってからというもの、この家に帰ってくるのは盆と正月だけで、それは独立開業後も変わらなかった。
 娘が30歳になったときお見合いを勧め

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連載小説 魂の織りなす旅路#47/暗闇⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#47/暗闇⑴

【暗闇⑴】

 最近、暗闇と自分が同化しているような気分になることがある。この目はもう光すら感知できないのだ。昼も夜もなくなって時間の感覚が鈍くなり、体の境界線が薄ぼんやりとして、僕は空間と融和する。

 「お父さん、私がお腹の中にいた頃のお母さんのこと、覚えてる?」

 縁側でお茶をすすっていると、庭いじりをしている娘が話しかけてきた。

 「ああ。いつも大きなお腹をそれは愛おしそうにさすってい

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連載小説 魂の織りなす旅路#48/暗闇⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#48/暗闇⑵

【暗闇⑵】

 「冗談ではなくて、真面目な話?」

 「そう。真面目な話。お母さんのお腹の中にいたときのことよ。私ね、お腹の中でよくお母さんとおしゃべりをしていたの。」

 幼い子どもは胎内にいた頃のことを覚えているという。しかし、成長するにつれ忘れていくのではなかったか。もうすぐ40になろうという娘が、それを覚えているとでもいうのだろうか。

 「耀(ひかり)はお腹の中のことを覚えているというこ

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