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埋もれる真実を叫ぶ男


「そこに全力で叫ぶ男がいた。

特定の誰かに向かってでは無く、
ただ自分の想いだけを一心不乱に叫び続ける男。

その名もMrs.Principal (大友悠大・29・東京都)。

彼は高校の時からMrs.Princes というバンドを組んでいたが、そのバンドはつい3日前、活動を休止した。

メンバー間の音楽性の違いで、というのが世間への発表だが
実際はメンバー内には誰1人、違いなど持ったものはいなかった。

大きく言うと、大人の事情。
ただそれだけだった。

17のあの頃、メンバー誰もが望んでいなかったはずの結果に、唯一抗い、生きているのがこのMrs.Principalもとい大友悠大である。

彼は今、1人で叫んでいる。

仲間はもう1人もいない。

1人は家庭を持ち安定を求めて
1人はこの世界にうんざりして辞め
1人は昨日この世を去った。

彼らは4ピースバンドであった。
よくある、ギターベースドラムボーカルの4人編成。
時折キーボードとして、ギターの彼女、もとい嫁が入ってくれた。

彼らは順調だった。
18で大きな大会で優勝し、大手レーベルからスカウトを受け、深夜テレビ番組のテーマソングに選ばれ、小さな音楽番組から有名な音楽番組へ、そして大きなステージに立ったこともあった。

バンド生活順風満帆だった。

メンバーの中で天狗になる奴がいたら、大友悠大がぶん殴っていた。
大友悠大はいくら売れても、そんな奢りを持つ人間を一切許さなかった。
その奢りはいつか自分たちの足元を掬うと
その恐怖や不安にしっかり向き合っていたから。

だから関わってくる大人にもしっかり真剣に慎重に向き合った。
彼らの音楽をしっかり前から見てくれる人を選んで信じた。
その人について行った。

はずだった。

いつからか、彼らは彼ららしい音楽が作れなくなっていった。
彼らが良いと言われていた、唯一無二のサウンドとやらは、許されなくなった。

メジャーデビューするとはそういう事だと、
私たちに着いてくれば売れるからと、
信じていた彼が言うから、彼らはそれをただひたすらに追い続けた。

その結果が、今。

世間からの目は急に厳しくなった。
メジャーデビューを経て、彼らの音楽は180度とは行かずとも、何度か、けれど確かに変わっていった。
当時のファンは離れていった。
しかし新しいファンも増えた。
年齢を重ね、彼らのライブに足を運んでいたあの人もこの人も、見かけなくなった。
来なくなった内の1人の、古参のファンの子のSNSを覗きに行ったら、
結婚して、子どもと幸せそうな写真が載せられていた。

時代が変わっていくにつれて、彼らの音楽も変わるのは摂理。
だがそれは、彼らにとっては苦痛でしかなかった。
いつからか音楽を作ることが楽しくなくなっていたが、その時には既に作ることを義務にされていた。
彼らのバンドで曲を作っていたのは基本的にはベースの男で、
本当に作れなくて気を病んだ時には、
知らない人が作った曲を歌わされた。

それはバンド初の国内外大ヒットを記録した。

今になって考えてみれば、その大ヒットは計算されていたものだったのかもしれないし、そうでは無いかもしれない。
ただその前の期間は確かに、事務所の内部が慌ただしかった。
その後ではなく、その前に。

売り出してくれたのは彼らにとってありがたかった。
有名になれたのも間違いなく彼ら自身だけの力じゃ無理だった。
だから、仕方ないと思った。
このメンバーで音楽が続けられるなら、音楽性が多少変化しても、たまに違う人の曲をベースの名前で発表するという嘘も、

乾ききった口内に漸く滲んだ唾液とともにただ飲み込めば、それでよかった。

しかし事件は起こる。

ゴーストライトがバレてしまった。
それはそうだ。いつかそうなると思っていた。
音楽性も、歌詞の書き方も少し違っていて彼らもその違和感に気づいていたから。
やはりファンの子には分かってしまうのだな、
そう思っていた。

でもそうじゃなかった。
バラしたのは他ではない、彼らが一番信用していた、あの人間であったのだ。

その時、あの人間は平均年齢19歳の新しい若いバンドを見つけていて、そのバンドはSNSで話題になり、既に多くのファンを獲得していた。

どうやらその時28歳になっていた彼らはもう、不要になったらしい。

嘘つきだと見えない顔に罵られた彼らのベースは
昨日、自身で命を絶った。

命を絶った後、兼ねてよりのファン以外にも、
ベースや彼らを庇うやつが現れる。
誹謗中傷のせいだと、
罵ったやつを許すなと。

命を絶つまで事件を知らなかった奴までもが、上辺の言葉でベースを擁護してくる。

誹謗中傷のせいで、ベースは死んだ訳では無いのに。
もっともっと根源は闇の中に消え誹謗中傷に埋もれていく。

その光景を見て
大友悠大はつくづく思うのであった。

大人とは哀れであると。

純粋だった子どもの頃の気持ちを
忘れたと言うより消え失せた人間である大人という存在は哀れで醜いと。

そしてそれは彼も同じであると。

だから彼は亡くなってしまった彼へのレクイエムとして歌を作り続ける。

そして、叫び続ける
この号哭を。

これ以上純粋な心を持った子どもが
醜いこの大人の手で踊らされぬように
彼は叫ぶ、叫び続けるこの場所で」

全て言い終わり、
男はマイクを置いた。

大嫌いな、憎い事務所の目の前で
彼は何度止められようとも、毎日叫び続けている。

今もどこかで同じような思いをしているかもしれない誰かに届いて救える日を、名前を変え生まれ変わった彼は、心から願っているのだ。

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