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【料理エッセイ】子どもに優しかった焼き鳥屋のおじちゃんが新聞に載っていた

 近所の大学で文化祭をやっていた。散歩をしていたら、ゴールデンボンバーの『女々しくて』で盛り上がる人々の声が聞こえてきて、なんだろうと思って見に行ったらステージがあった。

 十年ぐらい前の曲なのに集まった若者たちは一緒に歌ったり、踊ったりしていて、音楽の力は偉大だなぁと感動しつつ、わたしも小さく身体を揺らした。さすがに混じる勇気はなかったが、ささやかであっても十分に楽しかった。

 ホクホクした気持ちで出店を見て回った。焼きそば、たい焼き、ホットドッグ。お馴染みのラインナップで地味に嬉しい。

 学校の先生になった同級生から、コロナ禍で文化祭が開催できなかったことで、先輩から後輩にノウハウが引き継がれない危険があったと教えてもらったことがある。高校生なら三年、大学生なら四年でほとんどのメンバーが入れ替わるため、数年開催できないだけで引き継ぎが止まってしまうんだとか。

 だから、いまの学生たちが、わたしたちの頃と変わらぬ笑顔でお祭りを満喫している姿を見て、それなりにグッときた。最近、仕事を辞めたばかりで金欠だけど、なにかしら買ってあげたい気持ちになった。

 ただ、昼ごはんを食べたばかりだし、夕飯の材料はそろっているし、あまりお腹がいっぱいになるようなものは選べなかった。アレルギーでチョコレートが食べられないので、ちょうどいいものがないか、右往左往してしまった。

 そして、たどり着いたのが屋台の焼き鳥。ねぎまと皮を一本ずつ買わせて頂いた。他にもメニューにはぼんじりやつくねもあって、さながら本当の焼き鳥屋さんのようだった。

 人がたくさんいたので、とりあえず、落ち着ける場所を探した。建物の裏に設けられたベンチに座って、炭火の匂いが香ばしい串にかじりついた。美味しい! まわりはカリッと、中はジューシー。遠赤外線の効果がしっかり発揮されていた。

 こんな風に外で焼き鳥を食べるのは久々だった。もしかしたら、小学生以来かもしれない。

 学校の帰り道、川沿いにプレハブ小屋みたいな焼き鳥屋があった。体格のいいおじちゃん一人でやっていて、わたしたちが「こんにちは」と声をかければ、「こんにちは」と笑顔で返してくれた。

 おじちゃんは地元のみんなに愛されていた。小屋の中にはテーブルが置かれ、昼から大人が集まり、連日連夜どんちゃん騒ぎしていた。

 PTAの集まりなんかも会場はそこだった。夜、わたしもたびたび母親について行った。ただ、酔っ払いのそばにいるのは退屈なので、子どもたちで勝手にすぐ隣の公園で遊んで過ごした。そんなとき、おじちゃんはわたしたちに焼き鳥とジュースをくれた。

「おつかれさま。頑張っているから、サービスだよ」

 星空の下、友だちと一緒にむしゃぶりついた焼き鳥は格別だった。

 放課後、子どもたちは駄菓子屋感覚でその店に通った。1本50円だったから、お小遣いで全然行けた。複数人でそれぞれ違う種類を買って、食べ比べをするのが贅沢だった。そして、おじちゃんは無邪気なわたしたちをいつもニコニコ見守ってくれた。

 やがて、中学生になり、行動範囲が変わったことで川沿いを通ることはなくなった。母親もPTAではなくなった。生活リズムが変化し、おじちゃんの焼き鳥屋さんはわたしたちの日常からフェードアウトしていった。

 そのため、大学二年生のとき、新聞にうちの近くの焼き鳥屋で殺人未遂事件が発生したと書いてあったが、すぐにはあのお店の話だとわからなかった。

 新聞にはこう書いてあった。

 経営する店の客の胸を刺したとして、S署は1日、S市〇〇◆丁目、焼き鳥店店長U容疑者(◆◆)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕したと発表した。同署によると、U容疑者は◆日午前◆時◆◆分ごろ、同市内の焼き鳥店で、客の男性会社員(◆◆)と口論になり、店の包丁で胸を刺し、約3週間のけがを負わせた疑いがある。この店では◆月◆日から◆月◆日にかけて、常連客を集め約7年続いた店のお別れ会をしていた。U容疑者は、別の客が酔って店内のトイレ以外の場所で小便をしたことに激高し、トラブルになっていた。この仲裁に入ろうとした男性が、U容疑者と口論になったという。

 唖然とした。まさか、優しかったおじちゃんが殺人未遂で逮捕されるなんて。間違いじゃないかと思ってネット検索したら、他にもいろいろな記事が出てきて、途方に暮れた。

 なんでも、U容疑者はもともと北海道で暴力団員をやっていたらしい。その後、北海道を逃げ出し、全国を巡った末に、我が地元で焼き鳥屋を開くに至ったんだとか。

 いま、おじちゃんはなにをしているんだろう。逮捕されたのは十年前だし、仮に過去の逮捕歴や余罪で懲役を課せられていても、シャバで暮らしているはずだ。

 過去になにがあったかはわからないけれど、おじちゃんがわたしたちに向けてくれた優しさは本物だったし、その焼き鳥の美味しさだって本物だった。もちろん、被害者がいるわけだし、罪を償う必要はあるけれど、できれば、いまも、どこかで子どもたちを笑顔にさせるため、炭火の前に立っていてほしいなぁと思ってしまう。

 折よく、オアシスのDon't Look Back in Angerのイントロが聞こえてきた。ステージで新たな演奏が始まったのだろう。

 過去を振り返り怒ってはいけない。

 手もとの焼き鳥の最後のひとかけを口に含んだ。風がぴゅーと通り過ぎ、頬が冷たくなでられた。わたしは立ち上がり、ぎこちないボーカルを背中に聞きながら、暖を求めて家路を急いだ。




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