【ショートショート】おっさん増加中? (2,035文字)
雪の降る夜、男がフラフラ、ラーメン屋の暖簾をくぐった。厨房に立つ中年の男性店員は、
「いらっしゃいませ」
と、頭を下げた。
カウンターのみの店内に他の客はいなかった。男はそのことを確かめた後、近くの席にうるさく座り、
「あれ? 大将は?」
と、ヨロヨロの声で尋ねた。顔は真っ赤で、見るからに泥酔状態だった。喉も乾いていたのだろう。出てきた冷水をすぐにグイッと飲み干してしまった。
「この時間はわたし一人なんです」
「へー。そうなんだ。せっかくだし、大将に会いたかったんだけどなぁ」
「それはそれは。申し訳ありません」
「いや、いいよ。別に約束してたわけじゃないし。とりあえず、醤油ラーメン作って。ネギ多めで」
「かしこまりました」
店員はぐらつくお湯に麺を投入。丼にカエシと化学調味料、ラードを準備し、ネギをリズミカルに刻み始めた。
カッカッカッ。
その音を聞きながら、男はぽつりぽつりと語り出した。
「まあ、あんたでもいいや。ちょっと、俺の話を聞いてくれよ。実は、今日、中学の同窓会があってね。久々に参加したんだけど、まあ、ビックリしちゃってさ。と言うのも、友だちがみんな、おっさん化しちゃってて。ハゲたり、太ったり、汚くなったり、とにかく酷いもんだったよ」
「そうでしたか」
店員は相槌を打ちつつ、丼にスープを注ぎ、チャーシューやメンマ、海苔などをセットして、味付けたまごをタコ糸で半分にカットした。
「俺らも歳をとったし、仕方ないと思いつつ、ただ、最近、おっさんが増えている気もすんだよね。街中を歩いてても、そこら中におっさんがいるでしょ。あれ、なんでなんだろうね」
ピピピッ。ピピピッ。
タイマーが鳴り、店員は茹で上がった麺をダイナミックに湯切りした。それから、手際よく盛り付けを済ませ、
「大変お待たせいたしました」
と、男に綺麗な一杯を提供した。
しかし、男は箸もレンガも手に取ることなく、
「なあ、あんたはどう思う」
と、店員にからみ始めた。
「どう思うとおっしゃいますと」
「最近、おっさんが増えてるって話だよ」
「はあ。わたしにはよくわかりません」
「そんなわけねえよ。むかしはこんなにおっさんばかりじゃなかっただろ」
店員は首を傾げた。
「むかしっていうと、いつ頃のことですか」
「俺が高校生とか大学生とかやってた頃だな」
「それでしたら、状況はあまり変わっていないのではないでしょうか」
「うそつけ。当時、まわりにおっさんなんて一人もいなかったぞ」
「左様ですか。でも、学校の先生だったり、買い物に訪れたお店の人だったり、多少なりとも接していたのではないでしょうか」
男は笑った。
「そりゃ、そうかもしれないけどさ。あいつらのことなんて、眼中に入ってなかったもの」
「ほう。それはなぜですか」
「どうでもいいからに決まってんだろ。むかしのおっさんは空気みたいな存在だったから。でも、最近のおっさんは目立つというか、なんつーか、やたら主張してくんだよね」
「なるほど、そういうことでしたか」
店員はなにかを悟ったらしく、大仰にうなずいた。男はその様子に納得がいかなかったのか、トゲトゲした口調で、
「おい。なにが言いてえんだよ」
と、わかりやすく突っかかった。
「すみません、ご説明いたします。お客様はカクテルパーティ効果をご存知ですか」
「知らねえよ」
「カクテルパーティみたいに騒々しい場所でも、人間、自分の名前や興味のある言葉だけはちゃんと聞き取れるという心理現象です」
「それはまあ、そうかもしれねえけど、だから、どうしたっつーんだよ」
「つまり、お客様にとって、おっさんが他人事じゃなくなってきたということです」
バンッ。
男は机を叩き、勢い強く立ち上がった。
「俺がおっさんみてえって言いてえのか」
激昂されても、店員は冷静な表情を変えることはなかった。
「はい。その通りです」
「おい、おっさん。失礼なこと言ってんじゃねえよ。こっちはこの店の常連だ。最近働き出した分際で、なに考えてんだ、バカやろう」
「気分を害されたなら謝ります。ただ、ひとつ、訂正をさせてください。わたしは二十年以上、ここで働いています」
男の顔が曇った。
「え。マジで」
「はい。マジです。もちろん、お客様とも幾度となく顔を合わせております。こうして、話しかけて頂いたのは今回が初めてですが」
「そんなまさか」
「仕方ないです。お客様もむかしはお若かったので」
すると、ガラガラッ、扉が開き、大学生ぐらいの若い男女五人組が、
「寒ぃー」
とか、
「腹減ったー」
とか、
「明日の課題ヤバい」
とか、わちゃわちゃ店内に流れ込んできた。その間、男と店員はカウンター越しに対峙していたが、そんなもの、まるで見えていないらしかった。平然と横並びに座り、いつまでも、自分たちの世界で笑い合っていた。
男は腰を下ろした。そして、伸びてしまったラーメンを豪快にすすり上げ、クチャクチャ、咀嚼音を撒き散らし、食後、当たり前のようにつまようじを使い始めた。
(了)
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