みまと

話せる人いないけど誰かに聞いてほしい時に更新しています。

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最近の記事

私は傷付いた分、優しくなれなかった。

私は過去に囚われすぎている。 私は過去の辛かったことを克服していない。 1人でずっともがいて涙を流して耐えて、必死で良い子でいようとした子供時代 どうしても思い出してしまうし気分が落ち込んでしまった時とかに何かと理由にしてしまう 今でもまだ解決していないし、むしろ試練はこれからなのかもしれない よくこういうことを言われているよね 私は自分の痛みをまだ引きずっているから 他人の辛さを聞いた時に私だって人知れずに苦しい思いをしてきたって思ってしまうし、時には本人は苦しん

    • 私の好きな人が幸せでありますように。

      私はもう、どうしても貴方と共にいる未来が見えなくて貴方と離れることを考えるしかなくなってしまった。 どうしたら貴方が出来るだけ傷つかないのか、自分を責めないのかということを考える。 貴方はきっと落ち込むし自分のことをさらに許せなくて自尊心が削られてしまうかもしれない。 貴方は何も悪くない 自分を否定するようなことはして欲しくない 貴方に大切にされて私は本当に幸せだった 貴方のところには安らぎがあった 取り繕うことなく素直で少女のような気持ちでいられた 沢山のエネルギ

      • 好きなのに好きじゃない

        彼は無条件に私のことをずっと好いてくれているような気がして 私のことを肯定して、例え横柄な態度を取っても許してくれるから甘えてた 安心感があって力を抜くことができた 高校1年生の時に出会って、しばらくして気を許して話せる相手になった。それからずっと支えてもらってたし甘えてた そんな気を許せる相手、もう巡り会えないかもしれないし、その人だけかもしれないから大切にしたいと思うのに この人のことを恋人として好きになれたらきっと幸せになれるだろうって思うのに、ずっとそう思っ

        • ターニングポイント

          小学生の頃、私は建築士になろうと決めた。 その頃は父が建築士で忙しくしていたから一緒にご飯を食べることは本当に少なかった。母はいつも寂しそうにしていた。 自営業だから私も建築士になれば、父の仕事を分担してその分、家族との時間が増えるのではないかと幼かった私はそう思った。 私は父と母と妹と家族4人で仲良くご飯を食べれたらそれで良かった。 でも、私が中学3年の時に父は家族を裏切って別の女のところに行ってしまった。 もう建築士になりたいとは言えなかった。 高校では他に面

        私は傷付いた分、優しくなれなかった。

          僕君のこと大好きですよ

          高校からの同級生からのメッセージ 「僕君のこと大好きですよ」 彼はどこか変わっていて理系的な思考をして可愛い動物やちいかわも好きで身長が高い。そして何よりも優しい。 高校1年生の時から仲良くなった。私はそんな彼と波長がすごく合うと感じていて、彼には気を許して素の自分を出せて居心地が良い。 私は強がりだし秘密も多いけど彼には全部話せる気がする。 居心地が良すぎてドキドキするような胸の高鳴りは感じなかった。だから、恋愛対象ではなくて良いお友達なのかもしれないと思っていた。

          僕君のこと大好きですよ

          強く生きる!

          先月、運が良く就職先が決まりました。そこまで優秀ではない私にとっては場違いにならないかなと心配になります。実際に就職するのは1年後ですが、それまでに少しでも力をつけて確実に修士論文は書き上げるように今はボチボチ頑張っています。遊びに関しても頑張ってます。笑 さて、就職先も決まったことですし、いよいよ本格的に両親の離婚に向き合わなければならなくなりました。私は娘ですが、母には絶対に幸せで居てもらうので首を突っ込みます。 先日、離婚の手引きの本をサラッと読みました。経済的な問

          強く生きる!

          父は不倫相手を選んだ

          現在、私は23歳で大学院生です。 父とは中学の時から別居をしていて、妹と母と3人で暮らしているのでとても裕福ではありません。それでも家族のお陰様で大学院まで通わせて頂いていて本当に感謝しています。母には絶対に最高の親孝行をしたいと思っていて、今は就職活動に取り組んでいます。 今回は、父についてお話ししようと思います。 私の両親は幼い頃から、よく喧嘩をしていました。その度に私は妹に聞こえないように抱きしめたり寝かせたりして、とにかく妹が悲しい思いをしないように必死で守ってい

          父は不倫相手を選んだ

          コミュニケーション

          昔は今より人見知りやったんです。今でもうまく話せないんですけど、人と話すことで自分の世界が広がることがわかってきて、いろんな人と話したいって思うようになりました。 間違えたコミュニケーションだったら相手を傷つけてしまったり嫌わるのじゃないかとか、今でも怖いんですけど、だからといってコミュニケーションを放棄してはいけない。コミュニケーションを通して人間関係を学び成長していくことも大切なのだってやっとわかってきました。 仲良くなるためには好意を見せることだと思ってます。中国人

          コミュニケーション

          すずめの戸締り

          新海誠さんの「すずめの戸締り」見てきました。 友達に誘われて事前知識なしで見てきたので震災のことを描かれた映画で驚きました。 その震災の描き方に、私は少し疑問に思いました。私は被災者ではないので、被災者の方がどう思われるのかは分かりませんが。 地震は今回の映画のように誰かによって防ぐことができたり、誰かのせいで起きるわけではないし、だからこそ虚しいんじゃないのかなって思います。だから、今回の映画のような描き方は正直納得いかなかったです。 震災を忘れないことは大切だし、

          すずめの戸締り

          やらかした

          今日は大事にしてたのにミスをして酷いことをしてしまった。 自分の不注意で起きてしまってすごくすごく申し訳なかった。 そのことがショックで一日中失敗ばかり。 ちょっとできるようになったからって調子乗って油断してたのかも。 はぁ。 切り替えてまた頑張ります。 たまに、この担当は向いてないんじゃないかなって思うんやけど、もうちょっと頑張ってみようと思います。 結構大事にしているつもりで、好きなんやと思います。だからこそ、今回のミスはショックやった。 実験してたら色々あるよ

          やらかした

          かっこいいオーストラリアのお友達

          中学時代にオーストラリアの学生と交換海外派遣をして友達になった女の子のこと。 中2の夏にオーストラリアから留学生がうちにホームステイしに来た。マイケルジャクソンとポケモンが好きなロングヘアの女の子だった。私はそんなに英語は話せなかったがそれなりに仲良くなったし色んな所に遊びに行って楽しかった。翌年の夏にはその彼女が住むオーストラリアの家に私がホームステイした。そこで彼女は細身の彼氏を紹介してくれた。夜中に3人でチャットをしたり、はっちゃけた写真を撮ったりして遊んだりもした。

          かっこいいオーストラリアのお友達

          話し相手が欲しい

          心の内からの話をできる人がいなくて。誰かに聞いて欲しいってずっと思ってた。 誰かに認めて欲しかった。頑張ったね。頑張ってるね。苦労してきたんだね。 父が出て行ってからはもうすぐ7年。未だにほとんどの人には、家庭内の話をしていない。普通の家庭のように話している。それは私が話したくないのではなく、話してはいけない理由があるから話していないだけで、もう仮面家族を話すのはなれたけど疲れた。 今でもたまに、家族4人で過ごした何気ない普段の生活の夢をみる。勝手に家族を裏切って出て行っ

          話し相手が欲しい

          自己投資

          私は財布の紐が緩い方ではないと思うんです とは言っても、  マメではないので家計簿はつけれてません  服も好きなのでちょこちょこ買ってます  最近はブランド物も気になります  物欲は結構あると思います 学生なのでバイト代で全て賄うしかなく、ケチるところはケチってます ただ、自己投資にはケチりすぎないようにしています 高校時代、植松努さんのTedトークを見たんです。その内容の植松勉さんのおばあさんのお話が心に残ってて、なるほど!って思ったんです。下記の内容です。 “お

          自己投資

          びわいち

          大学3年生の春、女友達と3人で自転車で琵琶湖一周チャレンジをしました! コロナ禍もあり、運動不足ではありましたが若さだけを頼りに挑みました(笑)正直、普通の20歳の女子大生には過酷でした(*_*) まず最初に、クロスバイクをレンタルしたのですがお金がない学生の為、500円のサドルカバーをケチったことを後悔しました。お尻がカチコチになりました。やばいと思いながらも何人かの自転車に抜かされながら漕ぎ続けました。 途中からはあいにくの雨。それでもカッパを着ながら漕ぎ続けました

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          優しくできなかったことは一生の後悔

          中学の時、母からもらった本から教わったことを今でも大事にしている。 中学時代、私は本を読むのが苦手だった。そんな私に母は一冊の本を私にプレゼントした。 “人生で大切なたったひとつのこと” その本はすごく薄くて短く、私にでも簡単に読める本だった。内容はアメリカの大学の卒業式でのスピーチだった。 そのスピーチでは、 これまでたくさんの失敗をして恥ずかしい思いも死にかけたこともあったが、人生で後悔していることは、そんな失敗ではなかった。幼い頃、ある女の子に優しく声をかけてあげら

          優しくできなかったことは一生の後悔

          私のこれまでの人生と選択

          理系学部4年生で毎日研究室に通う21歳女子大生のこれまでの話 私は、自分の思いを言葉にすることが苦手。そもそもよくわからない。感想文とか考えすぎて結局全然描けないタイプだった。 そんな感じですが、もうすぐ22歳になる今、やっと、自分のやりたいことに近づいている気がする。久しぶりにnoteを開いてみると1年半前に就活を始め出した時は色々悩んでいたなと思い出した。とは言っても、まだ具体的にやりたいことが何なのか、ビジョンは見えていないが…(笑)忙しい日々を過ごしていますが充実

          私のこれまでの人生と選択