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第17話 必要十分条件


2016年、大学1年の春。
僕は知り合いのコネで個別指導塾のバイトを始めた。

こう話すと大体言われるのが

「すごい!頭いいんだ!」


僕は決して優秀ではない。だがそれ故に「勉強が分からない子」の気持ちが分かる。
そして長年はぐれ者のキャリアを積んできた僕は、同じように「社会との摩擦を感じて生きている子」に寄り添うことが出来たし、(自分で言うのもおこがましいが)生徒から信頼を得るのも得意だった。

元々子供が好きだったこともあり、僕にとって塾講師は天職に思えた。


1年後、大学2年の4月。僕は人員の足りていない別の校舎へ異動となった。
そこで、ある女性と出会う。


艶やかな髪に、透明感のある綺麗な顔。
そして派手さはないものの、どこか他の人にはない雰囲気のある女性。
名前はHというらしい。

僕は一瞬で心を奪われた。


だが彼女はその日を最後に、塾講師のバイトを辞めてしまう。
元々4月一杯で辞める予定だったらしい。



そっか、もう会えないのか。




そこから時は経ち、2018年3月。
春期講習の時期。

その日も授業を終え、帰り支度をしていると
「いとそくん、最終週の木曜日ラストまで入れない?急遽振り替えが入っちゃって。」

その校舎で数少ない理系教師だった僕は
月、水、金にシフトを入れていたのだが
金欠かつ大した予定もなかったため快諾した。


3月29日木曜日。
出勤し開店作業を終え、シフト表を確認する。




そこにはなんと、Hの名前があった。


歓喜と興奮と緊張とが入り混じった良く分からない感情を抱えたまま
1コマ目の授業に入る。

雑談、説明、演習、答え合わせ。そして雑談。
何とか冷静さを保ち、いつも通り授業を進める。

1コマ目が終わろうとしたとき、教室の自動ドアが開く。
「お疲れ様です。」

あの子だ。間違いない。
1年ぶりに見かけたが、やっぱり変わらず綺麗だ。


脳に直接語り掛けてくる煩悩を振り払い、授業を全てやってのけた。



全てのコマが終わり、閉店作業。
ここには僕とHの二人しかいなかった。


「面白い授業しますね。途中聞いてて笑っちゃいました。」

僕が生徒に必要十分条件の説明をしているところを聞いていたらしい。
僕は嬉しかった。
こうやって対面で話すのは初めてだが、見れば見るほど綺麗な人だ。


30分ほど話し、ふと気になった僕は彼女に尋ねる。
「そういえば、前にここ辞めちゃいましたよね。また戻ってきたんですか?」

どうやら、春期講習の期間のみ戻ってきていたらしく
今日は彼女の最終出勤日だったらしい。



このまままた会えなくなったら、一生後悔する。



中3の出来事以来、人間不信を拗らせに拗らせ
受け身の恋愛ばかりしてきた僕は初めて一歩を踏み出した。


「よかったらLINE、交換しません?」









こうして1か月後。2018年4月。
僕たちは付き合うことになった。

そしてこれが、僕の人生史上最初で(暫定)最後の大恋愛となる。

















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