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ワインの酸化とは何か-酵素酸化とラディカル


今週からはまたワインの科学について少しずつ掘り下げた記事をupしていきます。そして今回はかなり重いです。トライする方は頑張ってください。
なおしっかりと化学的な流れを追いたい方は、化学物質に関してはWikiのページをリンクにつけておきますので、その構造等を見ながらじっくり読み込んでください。

ワイナリーで起こる主な欠陥の原因は「酸化」、「還元」、「微生物汚染」だ。

そしてワイナリーが原因となって起こるものには他に、ボトリング後の再発酵や化合物(酸)の結晶化などがある。

今回はその中でも酸化と酢酸の生合成(酢酸は次回以降になります)というところを見ていく。

今回のトピックはワインの製造に関わる友人から着想を得たものなので、リアルな部分も含めて研究レベルの話と交えていく。


ワインにおける酸化とは

まず今回は「酸化」とはなにかということを説明する。

自分自身酸化というものを今まで何となくしかとらえていなかった。
化合物に酸素がくっつくこと、電子の受け渡しがあること。

それはそれで酸化なのだが、それではなぜ酸化することによってワインの色が変わるのだろうか。
なぜ味わいがまろやかになり滓ができるのだろうか(リンク先に理由は書いてます)。
そのときどの化合物がその化学的変化を受けるのか、なぜ反応が起こるのかなんてことは考えたこともなかった。

酸化を考えるにあたって、三重項酸素というものと一重項酸素というものを知らなければいけない。

詳しい化学のことはさすがに私もわからないので割愛するが、どうも大気中の酸素(O2)は安定状態の三重項酸素というものらしい。

そして活性酸素などと呼ばれることもある、不安定な酸素構造の一部を一重項酸素と呼ぶみたいだ。

その活性酸素は安定な酸素に電子が増えることや光エネルギーなどが加えられることでできあがる。

ワイン中では、ワインに溶けた三重項酸素がワイン中の金属イオン(Fe2+やCu+)などによって還元され電子が増えることで活性酸素のような状態になる(ワインpH下ではHO2やH2O2)。

以下の画像は活性酸素の生化学というページから拝借させていただいた。

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これらの活性酸素群が酸化を引き起こしているとされている。

そしてこれらの活性酸素が酸化するのは主にフェノール類の化合物だ。

つまり我々が普段吸っているような形の酸素が直接酸化に関わっているわけではないということだ。

そしてこれの不安定な活性酸素はワインの中で2パターンの影響を及ぼす。酵素酸化化学的酸化の2つだ。

ワインの酵素酸化

酵素酸化はポリフェノールオキシダーゼ(PPO)であるチロシナーゼやラッカーゼなどが絡んでいる。

チロシナーゼ


チロシナーゼはブドウ由来の酵素(下図のPPO)であり、モノフェノールをカテコール(オルト位置にヒドロキシ基が付加された2価のフェノール)にする反応の触媒として、またそのカテコールを酸化して、o-キノンにする反応も促している。

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そしてこのo-キノンは反応性が高く、o-キノン同士、またはカテコールも含めて重合することで、メラニンとなる。
このメラニンは言わずもがな褐色の化合物である。

ラッカーゼ

一方で、ラッカーゼというのは、基本的にはボトリティス(いずれ記事にします)由来の酵素で、触媒としての機能も特異性が低く、様々な化合物に対して強力なうえ、不活性化するのが難しいと言われている。

特にチロシナーゼは亜硫酸によって不活性化できるのに対し、ラッカーゼは亜硫酸ではあまり効き目がないのである。

このラッカーゼはチロシナーゼと同様にカテコールをo-キノンにするだけでなく、ヒドロキノン(パラ位置にヒドロキシ基がついている)を酸化し、ベンゾキノンにする反応なども活性化している。

またラッカーゼはGRPを酸化することができる点でもチロシナーゼとの違いがみられる。これが、特異性が低いと言われるゆえんである。
ここで一度GRPについての解説を挟んでおく。


GRPとは

GRPというのはGrape Reaction Productの略語で
ブドウに含まれるヒドロキシ桂皮酸(ブドウは主にヒドロキシシンナモイル酒石酸類を含む)のヒドロキシ基が酸化酵素によって酸化されたのち、グルタチオンというトリペプチドと結合してできるものである。

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この図では上部がグルタチオンで下部がカフタル酸。

グルタチオンは昨今では、その添加も試みとして行われているような化合物で、抗酸化作用、ボディ感の向上などが効果として知られているものである。

このグルタチオンがo-キノンと結合することで反応性の低いGRP(一度ヒドロキシ基に戻る)となるのだが、このGRPまでも酸化してしまうのがラッカーゼなのである。

GRPは無色でチロシナーゼしか存在しない場合、酸化されることはないので変色することもない。

しかしこのラッカーゼはGRPも酸化することで、キノンの構造にし、それが同様に結合し褐色の沈殿を形成することになる。

そのためこのラッカーゼは厄介な酵素であり、これを失活させるためには発酵前に一度加熱してタンパク質を熱変性させる(Thermo Vinification, Pastrization, Flash detentなど)、または醸造用タンニンを添加することで沈殿させるといったことをしなければならない場合がある(以下の記事の一部に記載してます)。

その他キノンや酵素について


一方でこれらの酵素酸化によって生成されたキノン自体も酸化剤として働く。

つまり破砕によって瞬時に酸化され生成されたキノンの一部は、その酸化剤としての作用を他のポリフェノール類やアスコルビン酸、亜硫酸などに及ぼすことで、自身はカテコールに戻ることができるのである。

これがアスコルビン酸や亜硫酸などが抗酸化作用を持つと言われる一つの理由ではないかとおもう。ただしアスコルビン酸には思わぬ落とし穴があるので、気になる方はこちらも見てほしい。

ちなみにこれらの酵素による酸化というのは、
まず活性酸素が酵素の活性部位を酸化することからはじまり、そしてそれに基質が結合することで基質が酸化、酵素が還元されるという仕組みになっている。
だから酵素は反応の前後で化学的な構造が変わることはない。

そしてもう一つ付け加えるとすれば、これらの酵素は銅原子や鉄原子を含んでいる。
先に金属イオンの存在によって活性酸素ができるということを述べたが、酵素にそういった原子が含まれていることから、イオン態の銅や鉄によって酸素が活性酸素にならずとも、酵素自身が活性酸素にするポテンシャルを持っているのではないかとも考えられる。

要約と図解

今回はかなり煩雑なので要約すると

酵素酸化には以下のステップがある。
1. 酸素⇒活性酸素
2. 活性酸素が酵素を酸化
3. 酸化された酵素がヒドロキシ桂皮酸を酸化しキノンにする。
4. キノンの一部は亜硫酸などを酸化し元に戻る。
   キノンの一部はグルタチオンと結合しGRPになる。
   キノンの残りは重合し液体の褐色化、沈殿をもたらす。
5. GRPはラッカーゼによって酸化されキノンの構造を持つ。
   ラッカーゼがない場合はGRPは酸化されない。
6. キノンとなったGRPも重合し褐色化、沈殿する
7. グルタチオンがある場合、キノンGRPはGRP2となり再び還元される。

最後に少し細かいですが図解を。

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酵素酸化だけでもかなり重たさを感じると思うが、この後化学的酸化、そして酢酸菌の防除の話へと進んでいく。

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