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短編小説 | アイスコーヒー。

【アイスコーヒー】
氷で冷やした、または氷片を入れたコーヒー。

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冷めたコーヒーを復活させるには
レンジで温めるんじゃあいけない。


1度冷めると淹れたての状態には
もう戻らないと知っている。

そして、

氷の溶けきったアイスコーヒーもまた

別の飲み物に成り腐る。



あの日、


君と別れたあの喫茶店で、
別の飲み物に成り腐ったヤツの水面を
じっと見つめていた。


「嫌いになったとかじゃないから」


別れ際のセリフ史上、2番目に優しくない言葉だと思った。


冷たいコーヒーが飲みたかったけれど
僕は少し後悔していた。


どうせ薄まってしまうのなら
あついコーヒーを頼んで、
時間という自然冷却システムに託した方が
よっぽど美味しく飲めていた気がする。


薄まってしまった関係ほど
渋くてまずいものはない。


顔を上げると君の顔があって
僕をまっすぐ見つめている。



君は未来を見据えたように
まっすぐ前を向いている。

僕だけがまだ下を向いている。


なんて滑稽なんだ。


意味もなくストローをつかんで
左右に揺らした。


水面が揺れる。


いつか君と乗りたかったボートが
そこに浮かんでいる。


僕だけを乗せて浮かんでいる。


君とボートに乗っていて
悪い奴らがやってきて、
勇者のように勇ましく戦った挙句、


敵に君を連れ去られてしまいました。


そんな波瀾万丈な別れ方のほうが
まだよかった。


目の前の君はいたって穏やかだ。


泣きそうな目をしているけれど、
そこに僕が入り込める弱さはなかった。



「もういくね」


ガヤガヤと周りの声が大きくなる。

君がいなくなった。


この世界に溶けてしまう。


あゝ。


薄くて、渋くて、

なんて不味いんだろう。


_____________________『アイスコーヒー。』





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