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アンガー・マネジメント

久しぶりに会った友人が二人、我が家に遊びに来て、ダラダラと昼から酒をのんでいた。テレビでは元サッカー選手がアンガーマネジメントについて語っていた。

怒りを感じたら6秒待てという。6秒以上経って怒りが残っていたら正当な怒りだから、しかるべく怒ってよい。あと、お酒はほどほどにしなさいよということだった。

私たちは、そのテレビを見ながら最近のアンガー事情について話したが、感情を隠して人生の大半を過ごしているものだから、最後に自分がいつ怒ったのかすぐに思い出せない。

2日前の生活の記憶もございません。でも何十年も前の、どうでもいいことは覚えていたりするから脳の仕組みはどうも不思議にできていますよね。


一人の友人は表面的に穏やかで、内面も見事に穏やかな、まるで澄んだ海の小さい波に乗るサーファーみたいなメンタルなので、ここ何年も本当に怒っていないですね、と言った。

代わりに結婚してから妻を一度だけ怒らせた話をしてくれた。

奥さんはある夜、泣いてクシャクシャになった声で何事か叫びながら、配線だらけのテレビを野菜でも引き抜くみたいに持ち上げると、前方にバッと投げ飛ばした。

乱暴に引きちぎられてたケーブルは、地中に残された根っこみたいに無意な残骸として、バラバラな方を向いていたのを覚えている、と彼は言う。

妻の怒りは翌日には治まり、テレビは奇跡的に一命をとりとめた。ただDVDデッキとの接続が少し悪くなったり、妻を怒らせない思考回路ばかりが働いたりといった違和感を残した。僕と妻の配線もあの時に少し変わりましたね、と彼は言った。

もう一人の友人はネットで靴を注文した時の話をしてくれた。

靴は3、4日して自宅に届いた。箱を開けてみると右足の爪先部分がほつれた縫製不良の商品だった。

それから交換品が届いたが今度はソールがずれていてやっぱり不良品だった。

それでまた交換してほしい旨をメールで出したところ下記のような返答がきたという。

「担当部署にて、ご指摘の箇所を確認させていただきましたがこちらは良品の範囲内とのことでございました。また、弊社在庫と比較のうえ検品をおこないましたところご指摘の箇所は交換品にも見受けられ、商品の仕様上いたしかたないものである可能性が高い状況でございました。つきましては、希望通りの商品をご用意することがいたしかねる状況でございます。」


いつ以来かわかりませんが、本当に腹が立ちましたよ、と彼は言った。

デザインが良かったんですけどね。彼らは不良品を在庫して、古い不良品と新しい不良品を比較しているんですよ。奥さんじゃないですけど、テレビがあれば5台は投げ飛ばしているところですよ。

これがまた数年おきにリピートで履き替えている、よく知っている靴だったので余計に腹が立ちました。私も靴も馬鹿にされているみたいじゃありませんか。もう二度と〇〇〇〇TOWNでは買い物しませんね。

それでどうしたのか聞いてみたら、さっきまでテレビに映っていた元サッカー選手のアンガーマネージメントの本をネットで買ったという。すぐ読もうと思ったけど、届く頃にはどうでも良くなっちゃっていましたよ、と言った。


二人の話を聞いている間に私が思い出した怒りは仕事のことで、ほぼ全ての業務を在宅でできるのに週に4日も出勤しなきゃいけないこと、自分が仕事で作っているのはゴミだと思っていること、そういう怒りをグイグイと地中に押し込めて生活していることだった。

面白い話にはならなそうだったので、二人には話さずにおいた。

アンガーマネージメント。

ストレスで歪んだ怒りが、どんなエネルギーになるのかは、ネットを見ていると良くわかるような気がする。

なにもしないでいるよりは、会社のPCモニターを投げつけてみてもいいかもしれない。

ネットの買い物で得た怒りをネットの買い物で晴らす友人みたいに、仕事のストレスは仕事で晴らすべきかもしれない。

ひとまず彼らのアンガーマネジメント・テクニックを真似してみることから始めようと思う。

それで会社のPCモニターにデコピンしてみた。

中指の爪が少し痛んだ。



サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。