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毎回新しい話を持ってくる彼は、今回も美しい女性と出会う。

長い連休には、友人の仕事を手伝っている。積もる話は特にないのだが毎年の恒例だ。彼は去年代替わりで社長になり、日々を精進している。同級生がそれぞれ社会に何かしらの貢献をし始めている気がするが、気がするだけで留めておこうと私は生きている。

社長になった彼とは高校の時からの付き合いで四半世紀になるが、未だに奇跡を呼ぶ男だ。

その日、私は彼の仕事を手伝いながら彼の近況を聞いていた。聞いていたといってもほぼほぼ毎月数日会っているので特に何もないはずだ。

だが彼は毎回私に、新たな話しのキッカケを呼び込むのだ。

「なぁ。ある日歯医者に行ったんだ。ちょうど歯が欠けてね」

私は、歯が欠けた事実を知っていたので、二度も同じ話しは聞きたくないと少し牽制をした。

「もしかしたら、その話しはお魚の小骨を食べて、前歯の詰め物にまさかのピンポイントで攻撃され歯が欠けそうになり、グラグラのまま東京に出て好みの女性と焼肉に行き、一番柔らかい筈のレバ刺で止めを刺され、欠けた前歯でその夜に癒しの笑顔を好みの女性にプレゼント出来なかった話しかい?」

彼は、私の話しを聞きながらも首を振った。

「いや、俺が同じ話しをすると思うか?それにそこまでよく覚えていると思うが、その話しは作り話かも知れない。どちらにしてもお前の心に残っていてくれて嬉しく思うよ」

彼はそう言うと、続きを話した。

「俺が行く歯医者には、とてもキレイな受付の子がいるんだ。目が美しく声が穏やかでスタイルが良いんだ」

こんな説明をされると私は、私の想像する中ですでに私にとってのかなりタイプの女性が受付にいる様子を思い浮かべるしかなかった。

「ほう。それはとても重要なことだ。歯が欠けたことを感謝するくらいにね。そんな出会いがあるならお魚さんの小骨をこれから粗末にすることなんか出来ないね」

彼は、私の話しを受け流しながら、歯医者におけるこだわりを話し始めた。

「俺調べだとその美しい女性は、17時には、受付からいなくなる。だから俺は毎回16時45分に予約するんだ」

誇らしく自慢する彼に、気持ち悪さを感じながらも自分もその立場ならと考えると、それを確実に否定することは出来なかった。

「彼女のその日における、記憶の中の最後の客になろうってことだな」

「ああそうだ。だが世の中上手くはいかないんだ。その日、俺の前に急患が入った。歯医者で急患だから、余程のことだろうって譲ったんだ。譲ったおかげでその美しい女性と言葉を交わすことは出来たんだけどな。美しい女性は、『譲ってくださりありがとうございます』って言ってくれたよ」

言葉を交わした彼に、若干嫉妬しながらも私は祝福した。

「それは、譲り冥利に尽きるな」

彼は、少し遠くを見てから囁いた。

「ああ。だから次回の予約も16時45分にしたさ。徐々に仲良くなるさ。記憶の中の最後の客としてね」

私は、私の人生しか知らないが、他の中年も毎日こんな会話をしていると思っている。私達は、どこに好みの女性がいて、どうやったら仲良くなれるかをほぼ25年話している。私達の結果は死ぬまでには、わかるだろう。

「通い恋か。作家の吉行淳之介がこんなことを書いている『モモ膝3年、シリ8年』とね。何でも酒場の女性を嫌味でなく、撫でられるようになるまでに酒場通いを3年する必要がある。お尻となると8年かかるってな。昭和36年の話だ」

彼は、私の話しに珍しく素早く反応した。

「おお。それはわかる。お前の作家の話しは普段何言ってるか全くわからないし、興味がないがその話しはスゴくわかるわぁ。そっかぁ。ちゃんと記されて残されてるんだなぁ。そんな時代から戦ってるなんてマジで感動したわ。読まないけど」

はじめて感動した作家の話しがこれで良かったのか一瞬考えたが、まぁ。本を読むことがこの先もないであろう彼に何を言ってもしょうがないと思い、私は、吉行淳之介に感謝しながら彼に伝えた。

「問題は、どうやってその美しい女性を歯医者の外に連れ出すかだな」

彼は、仕事の手を止めて私にプランを話した。

「キャンプだな。ウイスキーキャンプでどうだ?」

彼はレモンサワーしか呑めないのに、最近ウイスキーにハマっているらしく、詳しい知り合いもいるみたいで何とかなりそうな算段を弾いていた。私はそれに便乗するつもりでそっとアドバイスした。

「その表現。キャンプじゃないな。結果キャンプになるかも知れないけれど敢えてそれを『グランピング』と呼ぼう。その方がウケが良いんじゃないか」

「お前は、天才か」

私も自分で少し天才かと思っていたので、実際に親友に口から出されると少し戸惑ったが、否定せずに頷いた。

「まぁ。夏まで通って最後の客がそのうち最後の男となるかもな」

私の渾身のセリフに彼は、満面の笑みを向けて宣誓した。

「やるか。やってみよう。お前にいいオチを見せられるようにやってみるよ。今日は、もう呑みに行こう。ダメだ呑みたい」

私は、彼に誘われて断ることなど辞書にないので持ち上げた。

「いいオチお願いいたします。社長。行きましょう。社長」

急なリアル社長ごっこが出来るくらい大人になってしまった自分達が切なかったが、会計が社長になるので、そこに一切の恥ずかしさも存在させずに持ち上げまくった。

仕事を早目に切り上げ、日が延びた夕暮れ間近に馴染みの居酒屋に行き呑み始めた。

進む会話の中、私は、私のかなりタイプの女性のことなども話したかったので私の話のターンのタイミングを待っていた。

その時、入店してきた男性が私達に気付いた。男性は、私達のところに駆け足でやってきた。

「ポップさん。この前はあんな所で偶然に。お疲れ様です。あ、コニシさん。お久しぶりです」

男性は私達の後輩で、彼をポップと呼び私をコニシと呼んだ。

ポップと呼ばれる彼は、後輩と偶然歯医者で遭遇したことを私に教え、そして後輩へ問い掛けた。

「なぁ。あの歯医者の受付にいる美しい女性知ってる?スゴくキレイじゃない?」

後輩は、一瞬間が空いたが普通に答えた。

「えっ?あの結構背が大きめの人ですか?」

ポップと呼ばれる彼は、饒舌に攻めた。

「そうだよ。目が美しく声が穏やかでスタイルが良いんだ。知ってる?」

後輩は、真っ直ぐにポップの目を見て言った。

「あの子。彼女です」

私は、横で聞いていて「こんな面白くない冗談言う奴まだいるのか。歳を重ねて面白さがなくなるのだけは避けたいな」と思っていた。いきなり彼女です。は、直接過ぎてつまらないだろうと。

ポップは、逡巡しながらも答えた。

「えっ?あれ。うわ。なんとなくそうだと思ったんだよ」

私は、そこに乗っかるのか。と思いながら、始まってしまったミニコントにいつだ。これはいつ俺がツッコミしなきゃならないんだと逡巡することになった。

「あの日の急患、僕だったんですよ。すみません。無理やり彼女に入れてもらって。ポップさん待たせちゃって。頼んだら入れてくれました」

私は、急速にその日のポップとの会話を思い出し全てが繋がることを確認して、後輩に笑いながら聞いた。

「本当に彼女なの?」

後輩は、頷いた。

「ポップさんのこと知り合いだって言ったら『譲ってくださりありがとうございます』って伝えといてって言ってました」

私は、後輩と握手をして後輩を席へ誘導させ、彼氏である後輩とその美しい女性から同じ言葉を聞いたポップの言葉を待った。こんなキレイなオチはない。彼は奇跡を呼ぶ男だ。彼のセリフはもちろんこれだった。

「それは、譲り冥利に尽きるな」

順番だけでなく、彼女まで譲ってしまったポップの見事な伏線回収に、飲むビールが美味しくて私は話の結末を促した。

「なぁ。こうなったらグランピングはどうするつもりだい?」

「俺達だけで行くしかないだろう」

こんなにいいオチをくれた御礼を込めて、黄昏れるポップにアドバイスをした。

「グランピングは、最近女子会がメインらしいぜ。つまり、隣は女子だ」

「お前は、天才か」

こうして、私達は美味しくお酒を飲みながら、これから先へ続く25年を考えた。

不意に天才である私も思慮した。もし仮に、私にとってのかなりタイプの女性に彼氏が存在した場合も想像したが、頭の中の想像くらい現実を見るのは止めようと考え直すことにした。

そもそも、ここに出てくる全員が既婚者なのだ。これが私達だけの世界の話しなのか他もそうなのか。それは知らない。

なんのはなしですか

この話しはフィクションだと願う自分がいます。











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