見出し画像

『裸の聖書』9. 真実のグレート・リセット -3

こんにちは、もんぱちです❣
情報戦争につき、必要な情報をできる限りお届けするため『裸の聖書』を翻訳して拡散しています。

『比喩的な表現を用いた解釈を信用するな』
聖書には寓意や比喩が多く使われています。
おとぎ話のような創作は時と共に強化され、偽の物語が真実に見え、真実が空想のように思えてしまうとしたら。。。
それって今私たちが経験してることそのもの?

前回の記事はこちら↓↓↓

**********************************************************
真実のグレート・リセット -3

ビグリーノは続ける。実際、このような過去に関する情報のコントロールは、数千年にわたって確立されてきたのだ。なぜなら、権力を管理する者たちは、最も遠い事実に関連する知識を管理することが基本であることを、熟知しているからだ。
このことは、ほぼ2000年前に生きた人物、教父の一人であるカイザリアの司教エウセビオスによって確認されている。
ビグリーノによれば、エウセビオスは「その著書『Praeparatio evangelica(福音宣教の実践)』の中で『わたしたちの文化が何世紀にもわたって、おそらくは何千年にもわたって生きてきた状況を理解するのに役立つことを書いている。」
これは実際、単純な観察である。「わたしたちが今日ここで分析している状況は、実は非常に古い起源と動機を持っている。」
エウセビオスは、紀元1世紀から2世紀にかけて生きたギリシア人、ビュブロスのフィロンの著作を引用している。フィロン自身、紀元前12世紀のフェニキア人司祭サンチュニアトンの書物を研究していた。「よって、わたしたちは3200年前のことを話しているのだ。」
サンチュニアトンは、何について書いたのか?彼はその著作の中で何を発見したと主張しているのか?歴史的史実の露骨な操作、事実の消失とより都合のいい真実への置き換えだ。
フェニキア人は、「タウトの著作を研究し、太陽の下に生きたすべての人間の中で、タウトが最初に文字を発明し、『ロゴス』の基礎を築いた著作を書いたことを知っていた。」
そのタウトとは誰なのか?
「エジプト人はタウト、アレキサンドリアの住民はトート、ギリシア人にはヘルメスと呼ばれていた。」
エウセビオスは『ユダヤ人に関する限り、最も信頼できる事実は、現在のベイルート近郊にあるベリトゥスのサンチュニアトンによって語られている』と付け加えている。そして、レバノンのサンチュニアトンは『イェホウ神の祭司であるジェロンバルスが書いた回想録を手にしていた』。ビグリーノにとってイェホウ神とは、いわゆる聖書の神ヤハウェにほかならない。
そして、ここが問題のポイントである:サンチュニアトンは、『寓話的な方法で虚偽かつ恣意的に解釈し、物理的な説明や理論に基づいて、神々に関する神話や伝説を歪曲した』後世の作家を非難しているのだ。
エウセビオス司教によって引用されたヘレニズムの歴史家フィロンは、『このように、フェニキアの司祭の物語を用いて、寓話の使用を否定している。』
メッセージはこうだ:比喩的な表現を用いた解釈を信用するな。
「聖書のテーマを扱っている人なら誰でも、聖書を解釈し、聖書に書かれていないことを書かせるために、寓意や比喩がどれほど使われているかをよく知っている 」と、ビグリーノは言う。
マウロ・ビグリーノはこのことを10年以上言い続けている。「旧約聖書を文字通りに読むと、寓意や比喩が何世紀にもわたってわたしたちから隠してきたことを発見できる。」
どうやら「これは当時から使われていた手法で、教会の教父であるカイザリアのエウセビオスのような、ありそうもない人物によって確認された」ようである。
明確に定式化された排撃だ。
「聖なる歴史を扱った最近の著述家たちは、最初に起こった事実を否定した」と、フィロン経由のサンチュニアトンを引用してエウセビオスは書いている。「そして、寓話や神話をでっち上げ、それらを宇宙の現象と結びつけるように組み合わせた後、何が本当に起こったのかを容易には分からないような、濃い闇に包まれた神秘を制定した。」
そしてこれは今日でも行われている、とビグリーノは指摘する。実際には、古代人が宇宙現象を象徴的に解釈したと主張されるたびに、このようなことが起きるのだ。
しかしわれわれは、ここでもう一歩進んでいる:寓話や神話の『発明』と神秘の 『制定』である。フェニキア人によれば、これは実際には、真実を隠すために特別に考案された煙幕だった。
サンチュニアトンがこの偉大な詐欺を発見した経緯をフィロン自身が語っている、とエウセビオスが付け加えている。「それまでアメン神殿の奥深くに隠されていた、ある秘密の書物に出くわした彼は、その研究に没頭し、誰もが知ることのできないあらゆる事柄を理解することに専念した。」
ビグリーノにとって、これは圧倒的な証拠である。「過去の知識は必然的にごく限られた人たちだけのものでなければならず、大衆は権力に役立つ解釈を与えられなければならない。」これらの文学的啓示の年代についても強調しておく価値がある。
エウセビオスは紀元後3世紀から4世紀の間に、ビュブロスのフィロンは紀元後1世紀から2世紀の間に執筆したが、サンチュニアトンは紀元前12世紀のものだ。
最終的にサンチュニアトンは「これらの原始的な時代と物語を包み込んでいた神話や寓話を取り除いた。」そして、彼の後に生きた司祭たちは、「再び真実を隠し、神話に戻ろうとした:これが神秘の起源である。」
ビグリーノは誤解を避けるために、これらの司祭たちは現代の司祭たちとは違っていたと強調する。彼らは「魂を神に導く必要はなかった。彼らはいわゆる神々の(物質的な)利益を守る階級の人間であった。」
エウセビオスが引用した著作の中で、フィロンは、サンチュニアトンが語った巨大な操作について、文化的なレベルでさらに推測的な断罪を行っている。
ギリシア人はまず、古代の祭司カーストによって創作された神話のほとんどを流用し、次に、「さまざまな方法で神話を飾った後、それを悲劇に変え、人々を誘惑するために、ありとあらゆる方法で神話を魅力的に盛った」と彼は書いている。
こうした新たな告発は、ヘレニズム文学の偉大な伝統の根幹を一掃することになる。
「ヘシオドスや他のギリシアの詩人たちは、これらの物語からインスピレーションを得て、神統記、ギガントマキア、ティタノマキア、その他さまざまな物語を作った。」とビュブロスの歴史家は書いている。
当惑する?当然だ。
「子どもの頃からこれらの物語に慣れ親しみ、何世紀にもわたってこれらの空想に打ちのめされてきたわたしたちの耳は、これらの寓話によって、自分たちに伝えられた素晴らしい資料を、まるで古文書であるかのように守っている。」
つまり:おとぎ話は、真実を隠すために、本物の物語として語られているということか?
これは本当に残念なことだとビグリーノは指摘する。なぜなら、元の物語で語られている事実の方が説得力があるからだ。わたしたちがそれを曖昧にしようとした寓話よりも、その事実の方がさらに魅力的だ。
「これは陰謀ではなく、過去を『管理』し、現在をコントロールし、未来を計画するために広く使われている手法だ。」
エウセビオスは再びフィロンの言葉を引用して、この『手法』について説明している:おとぎ話のような創作は「時と共に強化され、排除するのが非常に困難な遺産となり、偽の物語が真実の特徴をすべて備えているように見えるあまり、真実が空想のように思えてしまう。」

ビグリーノも驚嘆するように、これは私たちが今経験していることを完璧に言い表しているのではないだろうか?



**********************************************************
未来を担保に過去をコントロールする -1 へ続く
**********************************************************

マウロ・ビグリーノ氏とポール・ワリス氏の対談動画をEriさんが記事にしてくださっています。 ↓↓↓

こちら↓↓↓が対談動画、翻訳版です。

そしてこちら↓↓↓はオリジナル英語での対談です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?